夜の虹
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病院に駆け込み、先ほど電話で聞いた病室へと祐樹と西條は早足で向かう。
すると、病室の外で祐樹の祖母が祈るように手を合わせてベンチに座っていた。

どうやらまだ治療中らしい、祐樹はふらふらと祖母の隣に向かい小さくか細い声で「ばあちゃん、」と声をかけた。

祖母はゆっくりと祐樹の方を向き、悲しそうに顔を歪めながら笑う。


「…お医者さんがね、…もう長くは無いって前から言ってたンだけどねぇ…」


皺くちゃの目元から、涙が溢れそうになっていた。
彼女の言うとおり、祖父の寿命はもう長くは無かったのだ。
以前から内臓の病気を発症しており、通院を週に1,2度繰り返していた。それは祐樹も知っていたが、薬を飲んでいたので治療できているのだろうと思っていたのだ。
しかし、それは治療ではなく延命。
少しでも蝕む病を抑えるだけのものだった。止まることは、無い。

最近、薬の量が減ったと思えば。
そういうこと、だった。

祖母の涙を見て、祐樹はガクリと膝を落とす。
どうしようも出来ない時の無常さに泣きたくなった。
それは西條も同じで、目の前で祐樹が家族を失くそうとしている姿を見ていられない。
この気持ちは、死ぬほど分かるのだ。それがどんなに苦しくてどうしようもないか。

拳を無意識に握り締める。ギリギリと少し伸びた爪が掌に食い込み、痕を作った。



数十分後、病室のドアが開く。
ゆっくり出てきたナースから「どうぞ」と促され、3人は慌てて病室に駆け込んだ。
そこには病状を説明するために医師が静かに立っていた。救命装置は外され、静かに眠る祖父が居る。

祐樹と祖母は、慌てて祖父の隣に駆け寄る。
やんわりと寝息を立てている音を聞き、2人ともほっと胸を撫で下ろした。
彼が生きている、という事実だけで溢れる寸前だった涙も止まる。が、家族が入ってきたことを確認した医師は無情にも事実を告げた。


「岡崎さん、…もう峠に近いと言っていいでしょう…ご覚悟をお願いします」


祐樹と祖母がわなわなと唇を震わせる。
覚悟はしていたが、今更そのリアルを突きつけられると、彼のせいではないのに医師を恨むような気持ちに陥った。


「…そんな、…祐美もまだ帰ってきていないのに…」


祖母の掠れる声が、静かな病室に木霊する。
窓を覆うカーテンが若干揺れ、影を揺らした。

西條は入り口でぼんやりと1人立ち続ける。

母の名を聞いた瞬間、ガクリと項垂れる祐樹を支えたいが、自分にそんな権利は1ミリも無いし、何より触れることが怖くて西條はただ彼を見つめ続けた。


しかし、西條は気づかなかった。
祐樹が項垂れて落ち込む以外の感情を今、持ち合わせているということを。
それは西條自身が祐樹に伝えたことである。


ぐ、と握った握りこぶしを床に向け、祐樹は祖父に決意の眼差しを向けた。





翌日、祐樹は学校に向かわずに駅の中へと向かった。
雄太にメールで「今日は休む」とだけ送り、時刻表や路線図を確認しながら溜めたバイト代で切符を買う。

修学旅行以来乗る新幹線に怯えながらも、ふかふかの椅子にどっかりと座った。

鞄の中から朝一で奈多高に行って望月に借りてきたビデオカメラを取り出す。
色々と操作をしながら、録画と再生を覚え何とか安堵した。祐樹はあまり機械類が得意ではない。



ふと、ある冬の日の出来事を思い出す。
西條が自分の過去を知って、何も言わず苦しむ自分を救ってくれたことを。



(…俺は、ほんと バカだな)


力無く笑いながら硬いガラス窓に側頭部を軽くぶつけた。


外は暖かい日差しできらきらと光る。
その輝く日光の光を、祐樹はぼんやりと頬に浴びながら新幹線が到着するまで少し瞼を閉じた。

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