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2日寝込んで、祐樹はようやく風邪を治した。
すっかり完治し、元気に学校へと向かう。
…身体は。

雄太に「お前が風邪引くのは珍しいな、どうした?」と聞かれたが祐樹は素直に答えることが出来ず、ただ「寝冷えした」とだけ笑顔で告げた。
雄太に心配をかける訳にはいかない、というまた昔と同じ配慮。
雄太は少しそのぎこちない笑顔に首を傾げながら、そうかと納得する。
何だか最近見た笑顔じゃなくて、昔から見ている笑顔のように思えたのだ。


「今日はバイト行くのか?」


「ん、一昨日休んだ分も働かないと」


本当は行きたくない、西條と顔を合わせるのが怖いが、仕事は仕事。
祐樹はもやもやする重たい霧を心の奥に押し込みながら気丈にそう告げた。



授業には何とか追いつき、またいつも通りの時間が過ぎる。授業が終われば、すぐにバスに乗り揺られ、ホームセンターに向かう。いつもの、日常だ。

自動ドアの無機質な音を聞きながら、一歩店内に入れば宮崎やひよりが心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれる。
また「大丈夫」と気丈に振舞う。そんな祐樹を見て、宮崎もひよりも安心したのか2人もいつもの柔らかい笑顔を向けた。
いつまでも立ち話をしているのも何なので、祐樹は早足で事務室に向かう。
西條が居なければいいけれど、と逃げるようなことを薄っすらと思いながらドアを開ければ、


「…おはよう、岡崎」


「…あ、 おはよう、ございます」


これから来るのであろう、業者に確認させる書類をまとめていた西條が居た。
乾いた声で挨拶を交わされる。
…2日前はなぜか優しくしてくれたのに、どうして変わらないのだろう。やはり、まだ怒っているのかもしくはもう呆れてしまったのか。
祐樹のネガティブな思考がぐるぐるとエンドレスに繰り返される。

そのまま、2人はそれ以上の言葉を交わさないまま祐樹はレジの仕事、西條は自分の仕事に没頭した。




いつもの日常のはずなのに、これだけが違うだけで祐樹も西條もその日常が全て打ち壊されるような思いになった。



それでも時は止まることなく進む。
いつの間にか8時前になり、そろそろ閉店時間が来ようとしていた。
発注業者との連絡と本社との連絡も済まし、西條は疲れた頭を癒すため、事務室に一旦戻りコーヒーでも飲むかとロッカーから財布を取り出そうとした。
そのとき、店の電話が鳴る。
業者か店長か、それとも常連の客か。
とにかく出なければならないので、西條はその電話にいつもの営業用の爽やかな声で対応した。

が、その相手は2日前交わした電話の主と同じ。

ただ、そのときと違い混乱したように泣き、必死にあることを伝えてくれと懇願していた。





「岡崎先輩、外のシート掛け終わりましたー」

「お疲れ様ーじゃあ俺が灯油点検すっから」

事務室の電話の内容など1ミリも知らない祐樹とひよりは仲良く談笑していた。
もう閉店間際なので客も居ない。のんびりとした店内で、宮崎も商品棚の整理をしながら3人で談笑していた。

すると、奥からいきなりバタバタと騒がしい音がする。奥に居るのは西條だけなので、3人は一体何をしているんだと不思議に思って振り向いた。

その先には、西條が険しい顔をして祐樹の荷物と自分の車のキーを持って早足で祐樹の元に向かう姿。
3人とも目を丸くしていると、西條は投げつけるように祐樹に荷物を持たせ、彼の手を掴み、ひく。


「宮崎さん、後はよろしくお願いします!後で訳は言うンで、!」

早口でそう宮崎に伝え、未だ混乱して言葉を何一つ発せない祐樹を店外へと連れ去っていった。


宮崎とひよりがぽかんと口を開けているのにも気づかずに。




力ずくで引っ張られ、何も分からぬまま勢い良く車に乗せられる。以前も車に乗せられたことがあったなぁとなぜか冷静に思い出しながら、祐樹は目を丸くし焦りながらギアを引く西條を見つめた。


「…西條、さん?え、俺…?」


オドオドと祐樹は目を泳がせながら西條に聞く。
戸惑いを隠せない、だってどうして西條は自分を車に乗せたのか何一つ理由が浮かばないからだ。

西條は苦虫を噛み潰したような表情をして、ちらりとミラー越しに写る後部座席に座った祐樹を見ながら告げた。



「…落ち着いて聞けよ」



アクセルを思い切り踏んで、ハンドルを操作する先のことを。




「お前の祖父さんが、さっき病院に運ばれた」



向かう先は、浅見の隣町にある市立病院。
先ほどの電話は祐樹の祖母からの電話で、いきなり仕事場で倒れ救急車で運ばれたのだという。
今はまだ、意識が戻っていない。
祐樹に来てくれ、と祖母は懇願したのだ。




祐樹の気丈に保っていたはずの世界が、ぶち割れる音がした。




「あ、あ……」


目の前が真っ暗になってゆく。
いつも自分を可愛がってくれて、自分を心配してくれて大好きだった祖父が、

消えてゆくという避けられないような事実に。


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