防音の扉をすり抜けて廊下に響くジャズを聴きながら、 唇が真っ赤に腫れるまでひたすらにキスを続けた。 演奏の最中に店を出ていく人間はそう居らず、 柱の影ではしたなくキスをする俺たちを、 咎める奴はおろか気付く奴さえ居なかった。 ふと俺は恭弥の爆弾発言を脳内で再生する。 もしかしたらあれかも知れない、 文字通りに、キスのあいだハグしていろって事かも知れない。 それで細い身体をぎゅうぎゅうと抱き込んでいたら、 恭弥は不思議そうに俺を見つめた。 「なに」 「え、や、だってお前、抱けって」 「あぁ、あのね、確かに抱き締めるって意味でも合ってるんだけど、今回のはそうじゃない。セックスしろって意味だよ」 「あー…っと、そうですか、」 恭弥の綺麗な声が俺の予想を打ち砕くのは今日2回目だ。 きちんと正しい意味も添えながら丁寧に、 あまりよろしくない俗語を教えてくれた。 恭弥は事も無さげに身体を離すと、 荷物取ってくる、と控え室の方に歩いていった。 俺は年甲斐も無く頭を抱えた。 肩掛けの鞄を持って戻ってきた恭弥が、 座り込んでいる俺を見下ろして、なにここでするの、などと言ってきたものだから、 俺は細い手首を掴んでエレベーターに乗り込み、部屋まで恥ずかしい程早足になった。 半ば押し込む様にして恭弥を部屋に入れる。 閉じられた扉がオートロックを働かせる音を聞きながら、 広い部屋だね、と暢気に呟く恭弥を見て、 もう後戻りは出来ない、とまた頭を抱えたくなる。 「なぁ、恭弥」 「なに」 「一応言っとくけど、俺、男な」 「知ってるよ」 「そんでお前も男な」 「知ってるよ」 「それから、セックスってのは普通、男と女がするもんな、」 「知ってるよ」 ソファの弾力を確かめる様に座っている恭弥は無表情のまま首を傾げる。 どうすれば良いのこの子。 「えーっと、」 「…あぁ、」 そこでようやく俺の言わんとしてる事が伝わったらしい。 恭弥はそういえば、と言った顔で俺を見つめた。 「どうしよう」 「…えーっ、と、」 なんという緊張感の無さ。 俺は恭弥を部屋に連れ込んで心臓ががんがんと痛む程なのに、 この子はといえばなんという緊張感の無さ。 調子が狂って仕方無い。 その時、なんの前触れも無く玄関からオートロックの外れる音がした。 あれ程うるさかった心臓が一瞬、ぴたりと止まった。 「おーいボス、平気かよ」 間延びしたそれはロマーリオの声に違いなかったが、うまく返事も出来ない。 恭弥はぴん、と背筋を伸ばすと、まるで猫の様な俊敏さで、 部屋の隅のベッドの上でシーツに隠れ込んだ。 「お、なんだ、元気そうじゃねぇか」 「あぁ、いや、まぁな」 相槌を打つのがやっとで、視線をどこに合わせて良いものかわからず泳がせていると、 ロマーリオは目敏くベッドの上の不自然なシーツの塊を見つけた。 そして、ははーん、と悪い笑みを浮かべた。 「ところでボス、明日は特に予定も無いわけだが、」 「あ、あぁ」 「俺らはジャッポーネを観光してぇからな、好きにさせてもらうぜ。ボスも好きなように過ごしてくれ」 「あぁ、あぁうん」 情けない返事しか出来ずにうんうんと頷いていると、 ロマーリオは肩に手を置き、やるなぁ酔っ払い、など耳打ちして、そそくさと部屋を出て行った。 「………、」 まるで親に現場を見つかった様な気分で大層居心地が悪い、 最中で無かっただけマシだと思うべきなのだろうか。 そしてあのシーツの中に居るのが男だと知っていたなら、彼はどんな顔をしたのだろう。 「恭弥、」 ベッドに近寄り、薄いシーツを剥ぐと、 寝転んだ恭弥が身じろぎ、こちらをじっと見つめた。 その表情に、さっきまでは無かった恥じらいや緊張の様なものが見えて、 シーツに散らした絹の様な髪とさらけ出された首筋に知らず喉が鳴る。 潤んだ瞳が僅かに揺れ、 気付いたら屈んでキスをしていた。 「…ん、」 もどかしくシーツを広げて、恭弥は両腕を俺の首に回した。 だんだんと自制が効かなくなるのを感じていた。 覆い被さり、唇を貪りながら細い身体をまさぐる。 まるでその身体を守る様にきちんと着込まれたスーツを剥ぎ取っていく。 細かなボタンに指先がもつれた。 白いシャツを脱がせば、それよりもっと白い肢体が隠されていて、 俺がいつまでも見つめていると、恭弥はふいと目を反らした。 「なんでそんな、見るの」 「だって、すげぇ綺麗だ」 「綺麗じゃない。見るな」 恥ずかしがっているのだと気付いて、頬にキスをする。 白い頬が桜色に染まって、それがまた綺麗だった。 あやす様にキスだけは続けながら、細い身体を直に撫でる。 胸元でつん、と張っている飾りを弾くと、 触れていた唇も弾かれた様に離れた。 「ゃ、なに……?」 ぶるりと身体を震わせて、どうやら感じてくれてるのだと安心する。 男を抱いた事なんて無いから当然手探りだ。 両方を同時に指先で潰す様に愛撫すると、驚くくらい背筋が跳ねた。 「ぁ……やだ、んっ、」 反応に気を良くして、赤く尖ったそれを口に含む。 嫌々と首を振るのも構わず舌で舐め回し、 頭上ではぁ、と切なげに上がる息に身震いした。 「恭弥、すっげぇ可愛い……」 「可愛くない、馬鹿、」 互いの唾液で濡れた唇を恭弥は小さく動かす、 悪態は吐息にかき消されそうだった。 「や、やだっ」 「やだじゃねぇよ」 ベルトに手を掛けると恭弥は少し暴れた。 キスをしてやると大人しくなるという事に気付いて、どうにも愛おしい気持ちになる。 他人のベルトを外すというのは滅多に無い事なので少々難儀したが、 スラックスを下着もろとも下げると、ゆるりと持ち上がった性器がはしたなく濡れていた。 「やだ、やだ、見ないで、」 俺の視界を遮ろうと恭弥が伸ばした手に、 優しくキスをしてから片手でひとまとめに掴む。 空いた右手で握り込むと、恭弥が喉を反らせ、それは完全に勃ち上がる。 少し力を込めて扱き、逃げる様に身じろいだ恭弥に体重をかけた。 「ぅ、やぁ…離して」 がくがくと震える身体を捩り、助けを求める様に涙目を向けられるとどうしたって理性が働かなくなる。 右手の動きを早めてやる。細い背中が跳ね、掌に精を吐いた。 「恭弥、大丈夫か……?」 あんまりにも苦しそうに息をしているから心配になる。 拘束していた両手を離してやると、 ふらふらと焦点の定まらない目で俺を見つめ、ぎゅうと抱きついてきた。 「恭弥?」 「へーき、」 はぁ、と耳元で息を吐かれると背筋がぞっとして、 頭のどこかにあったはずの、これ以上先に進んではいけないという感情が音も無く消えた。 俺がやろうとしている事は、7つも年下の子供相手にやって良い事ではない。 それなのに火照った頬に誘われるまま、まともに恭弥を労ってもやれないまま、 吐き出されたばかりの生温い精液を指に纏わりつかせ、後孔を開きにかかった。 「……ぁ、う、」 「痛いか?」 「ん、大丈夫…」 男性同士の性交など、知識としてしか知らないが、 とにかく焦ってはいけないものだと認識している。 それなのにさっきから、下でとんでもなく艶めかしく息を吐く恭弥に、 焦りと欲望ばかりが生まれてくる。 白い肌に、黒い髪に、そして熱をはらんだ甘い声に、 信じられないくらい煽られている。 欠片ばかりの理性で暴走しそうな本能をなんとか抑えつける。 身じろぐ恭弥の体調を気遣っておきながら、 少しずつ中で蠢く指を増やしていく。 俺はなんて汚い大人だろうか。 組み敷いた恭弥に罪悪感が降り掛かるようだった。 「ねぇ、」 「ん? どうした?」 ふいに潤んだ瞳が俺を見上げた。 そして細い指が俺の腫れ上がる欲望に指を這わせた。 「おい、きょう……」 「自分だって、限界のくせに、」 「馬鹿、痛い思いしたかねぇだろ、」 この子は俺から理性の仮面を剥がしとるつもりなんだろうか。 赤く色づいた頬がむっと不服そうに歪められる。 構わない、その目がそう言ってる風に見える。 「良いよ、別に。優しくなんて、しないで」 「あ?」 「あなたは、」 はぁ、と息を吐く恭弥はどう見たって苦しそうだ。 涙の膜が張られた瞳孔が俺を睨んだ。 「あなたは僕を抱けば良い。僕はその事実が、欲しいだけだから」 「…恭弥?」 「優しさなんて、要らないから、」 泣いてるのか、そう聞こうとして、唇を塞がれて出来なかった。 「早く、」 間近で瞬いた目はやはり潤んでいた。 それは生理的な反射だけによるものでは無い気がして、 だがそんな顔でねだられて、欠片の理性は溶けて消えた。 指を抜いて、恭弥の両足を抱える。 解したばかりのそこに己の欲を宛てがって押し込んだ。 力抜いてろよ、と言った俺の言葉を恭弥は一瞬でどこかに吹き飛ばしたらしい、 なんとかキスで宥めながら腰を進めた。 「…っう、」 「恭弥、痛いか……?」 「はぁ、ぁ……」 返らない返答と眉間に寄せた皺に、少なからず苦痛を与えているのだと思うと胸が痛んだ。 背中に回された細い指が爪を立てて、がくがくと震えている。 目尻に浮かんだ涙の粒を唇で拭い、抱き締めて労る様にキスをする。 打ち付けたい衝動を抑え込んで、ひたすら慎重に侵入と後退とを繰り返して、 恭弥の体内にすべてを埋め込む頃には恭弥は意識すら曖昧そうだった。 「…恭弥、平気?」 「っは、うん……」 「……動くぞ」 「ん、」 ゆっくりと、次第に少しずつ少しずつ動きを早めて抽挿を繰り返す。 突き上げる度に恭弥はびくびくと身体を震わせ、 その振動にまで情炎を煽られていけない。 唇にキスをしたところなにやら嫌な味を感じて、 見れば恭弥の下唇からじわりと血が出ていた。 噛んでしまったのかと咎める余裕も無く、 傷口を舐めて、そのまままた顔中にキスを降らす。 白と黒だけだった恭弥に今、上気した赤が差している。 血を滲ませた深紅の唇が今にも熟れて溶け落ちそうで、 まるで作り物みたいに綺麗な身体と、それに相反する生命の色の赤が差し、 伏せた目蓋から覗く濡れた黒曜の瞳は酷く扇状的で、目眩すら覚えた。 「恭弥、綺麗だ…、」 「……ぁ、ふっ、う、」 最早突き刺す様に恭弥を抉って、 目尻からこぼれる涙が筋になってシーツの色を変えた。 また唇を噛んでいる事に気付き、その血を舌で舐め取った。 「馬鹿、噛むな、血が出てるだろ…」 「ん、ぅ、はぁっ、あ……」 唇を撫でて、微かに開いた隙間から指を滑り込ませる。 「恭弥…声出して。我慢すんな、恭弥の綺麗な声、もっと聞かせて……」 「っは、…だめ、だめ、っあぁ」 もう抑えも効かず、ひたすら細い身体を犯した。 俺の指を噛むのを躊躇う恭弥の喉からは、 殺しきれない甘い声があられも無く漏れた。 いやらしい水音に合わせて部屋に響く嬌声にくらくらした。 あれ程劣情を焦がして堪らなかった歌声が、今現実に鳴いている。 それは浅ましい妄想の中のものとは比べようも無いくらいに綺麗で、 煽られるまま、その声をもっと聞きたくて、打ち付けた。 「う、ん…んぁ、」 「恭弥、っ、」 「あっ、あ、ぅ、…ディー、ノ……っ」 喘ぎ声の中に自分の名を呼ぶのを聞いて、募り募った恋情が雪崩を起こすのを感じた。 「きょう、や、恭弥…、好きだ……っ」 「ぅ、…あっ、あぁ……!」 何故だかどうしようも無く泣きそうになる。 俺はこの子が好きで仕方が無いのだと、気付いた。 限界が近付き、昇りつめていく。 しがみついてくる薄紅の身体には、結局相当な負担を掛けてしまったと思う。 真っ赤な頬を伝う涙を唇で吸い取っていると、 ねだる様に唇を押し当ててきたのでそれに応える。 恭弥のぐちゃぐちゃに濡れた昂りを握り込んだらそれは呆気無く果てた。 大きく仰け反った恭弥に締め付けられ、俺も最奥に欲望を叩きつけた。 111216. ← | → back |