小説 | ナノ
沈む色調
夕暮れの風が心地いい。教室にはオレンジ色の光が差し込んでいる。 だが新堂の顔が赤いのはそのせいではないだろう。
「……また告白?」
俺がそう呟くだけで伏せた顔がさらに火照る。自分の顔が歪んだのがわかったが、幸いなことに俯く新堂からは俺の表情は見えていなかった。
「ああ。……先輩からなんだけど」
思いのほか嬉しそうな声を聞いて全身から血の気が引いていく。
そりゃあ新堂は見た目もいいし、スポーツもできる。おまけに頼れる性格ときたら好かれるに決まってる。事実、2年に上がってから6人に告られていた。1人目は同じクラスで新堂と隣の席だった大野美奈子。その後不登校になった。2人目は先輩の佐原南。部活は女バスだったけど今は帰宅部。3人目は……。いけない話が逸れた。
でも新堂は付き合うとか、そういうことに興味がなさそうだった。だから断ってきたはずだ。それがまさかこんなに幸せそうな顔をするだなんて。
落ち込んだ口角を必死で引き上げた。
「……まじかよ!また告られてんの?スポーツ馬鹿のくせに」
世も末だな!と机をバンバンとたたけば、新堂は勢いよく立ち上がった。その顔にはさっきの変な初心さはない。俺のための笑顔だけが浮かんでいることに少し満足する。
「お前!せっかく報告してやったのに!」
「自慢の間違いだろ!憎いねぇこの色男〜」
肘でつつく真似をすれば笑顔のままため息をつかれた。
「藤原だから言ったんだぜ。親友だからな」
机越しに真剣に向き合う新堂の言葉は俺の胸にチクチクと突き刺さる。 俺は親友になりたいわけじゃないのに。
「…そっか。ありがと」
そう言って俯いた俺に合わせて教室に静けさが広がる。 夕日は沈みかけている。電気をつけていないせいか、室内は暗く感じた。
「で、さ。誰からなの?」
「女バスの早田先輩」
「お前……意外に先輩受けするよな」
今までだって6人中4人が先輩。3人が女バス。新堂が部活で活躍してるのを見てかっこいいとか思ったんだろうな。早田先輩―早田有沙だって新堂とは中学も小学校も幼稚園だって違う。部活の新堂しか知らないくせにあの女狐。
「まあ俺は年上好きだし」
ニヤニヤしだす新堂に胸の痛みが増す。
「早田先輩とかもろタイプ」
「っ…俺、付き合ってほしくない」
言ってからはっとする。今まで6回とも隠し通してきた本音が出てしまった。咄嗟に新堂をうかがうが、日が沈んでしまったせいかよく見えない。
「お前も早苗先輩のこと好きなのか?」
新堂の返答はどこかずれたものだった。ばれていないことに安堵するが、自然と肩が落ちる。やっぱり俺はただの親友で、新堂のことをそういう風に思ってるなんて考えもされてないんだろう。
「そうじゃないけど…」
「なら、いいだろ」
少し食い気味の声は怒気を含んでいる。やっぱりだめだ。俺は新堂に拒絶されるのが怖くて、いつも気持ちを伝えられない。いや、伝えようとしないのかもしれない。僕は新堂が隣にいるだけでいいから。
真っ暗になった廊下から最終下校のチャイムが聞こえた。
「帰るか」
気まずくなった教室に新堂の声が響く。 鞄を持って先に出て行った新堂を追いかけると、彼は扉の横にもたれかかって待っていた。そういう優しいところがいけないんだ。
「新堂、……ごめん」
そう言うと新堂はにかっと笑って俺の頭を撫でる。
「いいよ。お前も何か考えがあったんだろ」
確かにあった。でも新堂が思ってるようなのじゃない、俺の考えはどろどろの独占欲だ。今だって新堂を捕えてぐちゃぐちゃにして、俺のものだって印をつけたい。 新堂は純粋だからこんな考えは思い浮かばないんだよ。
「心配してくれてありがとな」
新堂は大人だ。俺の嫌な気持ちを心配の一言で片づけてしまったんだから。 外はすっかり夜になっていた。
数日後、登校すると下駄箱前の植木に人だかりができていて、ざわめく野次馬の中に呆然と立ち尽くす新堂を見つけた。
「新堂」
呼んでも新堂はこちらを向かずに、ある方向を凝視している。つられてそちらをみると、そこには、脱力した体が首を支点にして風に揺れる姿、そしてその上に醜く変色した早田先輩の顔があった。
「藤原……先輩が……」
新堂が俺にもたれかかって何度も「先輩が、先輩が」と呟く。俺はその目をふさいで、昨日新堂がやってくれたように頭を撫でる。 こうして新堂が俺を頼ってくれる時が、一番幸せだ。
---------- タイトルお借りしました そして僕らは
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