小説 | ナノ

兄主4


玄関のチンピラを追っ払ってしばらく経った。
女は心なしか血色がよくなり、肉もついてきた。出会ったときはただの痩せ女だったが、今ではふっくらとしたラインと未亡人ならではの熟した色気が女に磨きをかけていた。

「菜々美さん」
おはようのちゅー。そう言って口付けると慣れたように目を閉じる。女はキスにもほとんど抵抗がなくなった。自分からねだれるほどに。
だから最近反応が面白くない。

「菜々美さん、こっち向いて」

もう一度キスするものだと思って向けた顔は幸せに満ちている。間抜けな顔だ。気に入らないので、差し出された頬に手を叩き付けた。

バチンッと痛々しい音が響く。

「……っ!?」

数秒凍りついた後、女が信じられないといった顔で僕を見上げてくる。女の目からは驚くほど無表情の僕が無感動に見つめていた。
恐る恐るといった風にあてられた女の手から覗く赤色は、その白い肌に映えて綺麗だ。

「…………痛い?」

クッと口角をあげて笑うと女は怯えながらも頷いた。

女の頬に手を伸ばすと大きく身を引かれた。大げさな挙動は死んだ夫から暴力を受けたことにも関係しているのだろう。
頬に触れると青白くなった女と目が合う。この目、この顔だ。僕が求めていたものは。

もう一度手をあげようとして思いとどまる。この一瞬ですべてを壊してしまうよりも、時間をかけてゆっくり崩していく方がきっと楽しい。

僕は縮み上がった女を両腕で抱き込んだ。

「ごめん菜々美さん。冗談だよ。怖がらないで」

そういて女の黒い髪を撫でると女の目から大粒の涙があふれる。その反応に心が満たされていくのを感じる。
歪んだ笑みを浮かべたまま、僕は女の頭を撫で続けた。





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