小説 | ナノ

兄主3


どうやら旦那はそうとう酷いところから借りていたらしい。最近玄関から聞こえる怒声が煩くなってきたのでまとまった金をつくることにした。

未成年で身分証も持っていない僕が仕事に就けるわけがない。
昭和時代は賭け事が頻繁に行われていたらしい。それを利用するのだ。


女が仕事で家を空ける夜、僕は近くの雀荘にふらりと立ち寄った。
ギイと軋む扉を開けると中には一台の麻雀卓を囲む4人の男。そのうちの厳つい顔をした3人はヤクザらしく背後には数人の黒服を連れている。
ごつい男が萎びたモヤシのような男を囲んで麻雀。その光景は異様だった。

「おいてめぇ! 表の字が読めねえのか! 今夜は貸し切りだ!」

入口に立っていた黒服に凄まれる。だが知らずに入った僕ではない。

「僕、その人の知り合いなんです。入れてもらえませんか?」

1人の堅気らしき男を指さす。驚かれたが否定はされなかった。

黒服の横を通り過ぎて麻雀卓へ寄って行く。見ると僕が声をかけた男は4位で、トップとはかなり差が開いていた。

「お前、誰だ? どうして入ってきた」

ひそひそと男に耳打ちされる。疲弊した男の声は随分としょぼくれて肩は落ちている。

「"借金を賭けた勝負"で合ってるか?」

男が無言で頷くのを見て頬が吊り上がる。
借金を賭けて麻雀で勝負。そんなフィクションのような事がここで本当に行われているらしい。

「僕は今金がほしい。君の借金はチャラにするから僕に打たせてくれないか」

男は困惑顔で思案していたがしばらくしてまた黙って頷いた。

「今は南一局だ。頼むぞ」

いかにも真剣にそう言うものだから思わず笑いそうになった。よっぽど疲弊していたらしい。

「任せてくれ」


「坊主が相手か? なめたマネしてくれるなあ」

「ガキはおとなしくお家へ帰った方がいいんじゃねえのか」

卓についた僕を見て相手の男たちが嘲る。

「叔父が休憩したいらしくて」

そう苦笑いすると哀れみを含んだ視線が堅気の男へ向けられる。堅気の男が不安そうな視線をよこすので微笑んでやった。

男の手牌を見ると負けが込んでいる割には悪くない配牌だった。萬子の2・3・4の一盃口が確定した平和二向聴。萬子のほかには字牌の対子と索子の両塔子が2丁ある。ツモった牌は参萬。僕は索子の両塔子を崩した。

「おいっ何してるんだ!」

男が背後から小声で叫ぶ。

「まあ見てなって」

次巡持ってきた牌で対子だった字牌が刻子になった。
両塔子を落としていけば次々に萬子が入る。後ろの男も僕の狙いに気づいたようだ。文句を止め固唾をのんで見守っている。


「ツモ。四暗刻単騎」

何巡かののち手牌を倒すとヤクザ達は目を見開いた。イカサマかと疑うような声をあげる奴もいる。
堅気の男から息をのむ音が聞こえた。

「さあ、続けようか」


勝負は僕のボロ勝ちに終わった。運があって麻雀が得意な僕があんな奴らに負けるはずがないのだ。
九連宝燈を和了ったときの男たちの顔ときたら、思い出すだけでも愉快だった。

倍プッシュまでして増やした金はその場に持ってこさせ、僕はアタッシュケースを片手に悠々と朝帰りである。
玄関に立っていたチンピラに金を押し付ければ領収書を置いてすぐに退散した。どうやら足りたらしい。

ともあれ僕はさわやかな朝を取り戻したのだった。



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