Dream Maker


スパークで参加させていただいたミンクさん誕生日ペーパーラリーのSS。少女Hをロストの吉尾さん、ペリカポルカの虎吾郎さんに先に絵を描いていただいて、文をつけさせていただきました。話も繋げてみました。当日に受け取ってくださった方、ありがとうございました!




【side:吉尾】

「どうしたんだ」
 朝、起きてきたミンクは酷い顔をしていた。だから訊いてみたら、
「何がだ」
 こうきた。こいつは、自分のことは何もわかってないっていうか、周りのことばっかりっていうか、自分のことにはとにかく疎い。前に熱を出して倒れたときもそうだった。倒れるまで気付かないんだ。だから、俺が気付いてやらないといけない。朝食を作る手を止めて、濡れた手をエプロンで拭いた。コンロの火を消す。ソファに座っているミンクに近付いた。
「なんか悪い夢でも見たのか?」
 暗い、抜け殻みたいな顔。こいつがいなくなって、俺は追った。ようやく見つけたミンクは、生きていた。どこかで、こいつはもう死んでしまってるんじゃないかとか、悪い想像をしていた。復讐する相手を失い、目的を失くしたミンクは、それでも生きていると思っていた。強いから、生きてると信じてた。けど、信じきれない部分もあった。だから、ミンクに会えたときほっとした。どうにか命を、生きる希望を繋いでいた。
「それはいつものお前だ」
 隣に座った俺に、ミンクは素っ気なく言う。いつもこうだ。俺たちの意思疎通はまだまだぎこちない。どう話したら良いかわからない。ベッドが狭いからだけど、寝室だって別々だ。だから俺は、そういう時にはミンクに触れることにしていた。両手を目一杯に広げて、ミンクの両頬を包むようにする。
「見たんだろ」
「わからない」
 夢は忘れるものだ。それと同じように、ミンクの色々も、ミンクの中から消えてしまえば良いのに、と思う。俺の知らない、ミンクの深い部分の、ミンクを苦しめるものが消えてしまえば良いのに、と思う時がある。でも、それも含めてミンクだ。だから、そんなことは言えないし、ミンクのことはずっとわからないままなんだと思う。
「見たんだろ……誕生日、だからか?」
 ミンクにとって、誕生日が良いのもなのか悪いものなのか分からない。自分が生まれてきたことを喜んでいるのかどうかわからないから。
「誕生日、おめでと」
「……ああ」
 ミンクの表情が少し動いて、笑った気がした。
「俺さ、あんたがあれ、ドリームキャッチャーだっけ、くれてから変な夢見なくなったんだよ」
「そうか」
「けど、あれ一個しかないからあんたにはあげたくないし、」
 ミンクは何も言わない。
「今日から同じ部屋で寝ようぜ。そしたらきっと、二人分の嫌な夢を捕まえてくれるって」
「そう、かもしれないな」
 こいつの誕生日は、これから毎年、良いものにして見せる。俺が良い日にする。
「だからさ、今日はキスの日な!」
「……どういう繋がりだ」
 ととのえ終わってなくて、少しほつれた毛がミンクの額に掛かっている。鼻の先でそれをどかして、キスをした。


絵/吉尾さま(pixiv)



【side:虎吾郎】

 何か悪い夢を見たのかもしれないし、見なかったのかもしれない。朝起きたら、一階のリビングから音がした。あいつがもう起きていて朝食を作っているに違いない。どういうわけか俺がいつもよりも遅く起きた、というのもあるが、今日のあいつは早起きだ。そういえば、昨日から浮付いた様子だった。考えてみれば、今日はいつだか俺が生まれた日、だ。この世に生まれ落ちた。俺を生み出した者も、それを祝福してくれた者も、今はもうここにはいない。この忌まわしい血を持つのは、俺だけだ。生まれて、俺だけが残ってしまった。それでも生きることにしがみついた理由が、ここにある。
 一階に降りて顔を洗って、長い髪は項のあたりで軽く結った。リビングに行くとおいしそうな匂いがして、ソファに座った。
「どうしたんだ」
 そんなに酷い顔をしているだろうか。蒼葉が心配そうに言いながら駆け寄ってきて、顔に触れてくる。こいつはむやみやたらと顔やらあちこちに触ってくる。だが、それを跳ねのけようとも思わない。俺を心配する人間がいる、というのがどうしようもなく奇妙な感覚だ。
 誕生日を祝われるのはいつぶりだろう。懐かしい感じもしなかった。
「今日から同じ部屋で寝ようぜ」
 そう言われたから、ドリームキャッチャーをもう一つ作ってやろうか、と言うのを、やめた。狭いベッドで大の大人が二人で寝ても狭いだけだ、と脳内の理性的な自分が言おうとするのを止める。
「だからさ、今日はキスの日な!」
キスをされる。味見でもしたのか、バターの味がする。生の匂いがした。最初にこれに惹かれたのは、死の匂いがしたからだった。破壊と死。それは、俺が望んでいたものだ。東江に対してそれを望み、同時に俺自身、それを抱いていた。
 破壊と死を、忘れたわけではない。失くしたわけではない。その衝動は今も俺の中にある。こいつの中にもある。こいつは、その衝動が表に現れていない時にはどうしようもなくばかで、あほで、明るくて、生きるための匂いしかしない。だから、それに乗ってみても良いかもしれない、と思う。時々混じって香る死の匂いの誘惑も、悪くはない。あれに会いたいと思う。もっと話してみたいと思う。
 だから、これと話しながらあれを待っている。
だから、今日はそういう日で良い。違う日がくるなら、それもまた良い。今の俺は、流れの中で立っているだけで精一杯なのだから。
「……出掛けるか」
 いつもよりも少し豪勢な食事を食べて、立ち上がる。
「今日は俺があんたを祝うんだよ。だから……今日は一緒にいてくれよ」
 座ったままの蒼葉が服の裾をぎゅっと掴んで見上げてくる。
「一緒に来い、と言っている」
「え」
 ぽかんと、口を開けている蒼葉を置き去りにして、鏡に向かって髪を結う。緩く束ねていた髪を解いて紐を口に咥え、少し高い位置でしっかりと縛り直す。
「……その鬱陶しい髪もだ」
 壁に隠れるようにしていた蒼葉を引っ張り出して鏡の前に連れてくる。もう一本、自分の髪を結ったのと同じ紐を取り出して緩く結わいてやる。妙に赤い顔をしていた。
 行き先は、明るい中に時折翳が落ちる、心地好い夢に似た現実。


絵/虎吾郎さま(pixiv)



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