ガラスの向こうの、
疾駆で生じた風が白猫の短めの髪をわずかに靡かせる。
青い視線の先には獣。小さな小さなウサギがその牙を逃れようと疾走する。
二匹は風と共に森を駆け、しかし白猫が少しずつ距離を詰め始める。
「はっ!」
気合を入れる掛け声と共に白猫は短剣を前へと突き出す。
銀の煌きがウサギを捕らえる。
ずぶり、と。さして大きくもない剣先がその血肉にのめりこむ。動きが弱々しくなったのを確認して短剣を抜き、ウサギを地面に横たえる。
「やった……」
小さな獲物。でも自分の手で狩ったのだ。思わず喜びの声が漏れる。
バルドに、見せよう。
きっと近くにいるはずの剣の師匠。
獲物を見せれば褒めて、もしかすると頭を撫でてくれる。
両親よりもずっと大きくて、温かな手。その手がライの白銀の髪を掻き混ぜると、あまりに気持ちよくて思わず喉を鳴らしてしまう。
そうして狩った獲物を手に取ろうと、指で触れる。まだ、瞳には僅かばかりの生気がある。まだ、生きている。
どくん。
鼓動。
それは、どちらのもの?
熱い。否、あたたかい。
ウサギは生きている。手が届かない所へ手を伸ばして、触れようとする。しがみ付こうとする。逃がすまいとする。
あたたかい。
獲物を仰向けにして、剣先をあてる。ほんの少し。ほんの僅かばかり力を入れて引けば容易く切り開かれる腹。流れでる、源。
その瞬間、ウサギは小さな体を戦慄かせて、そしてあまりに単純な絶命。
しかしそんなことはどうでも良い。大切なのは死んでいようが生きていようが同じ、確かなあたたかさ。
どくん。
「あ……」
言葉は言葉にならず、溢れ出るのは、
「あぁ――!」
歓喜、歓喜、歓喜。
喜悦。
いっそこのあたたかさに、喜悦に委ねてしまおうか――……
「――い、ライ!」
突然の呼び声。どうやら肩を揺すられている。ついさっきまで気付かなかった外側の世界。バルド。
「ばる、ど……?」
鼓動が聞こえなくなった。手に持つウサギの遺骸からは体温が失われ始め、手を赤く染める血液は冷えきっていた。
「お前……何してるんだよ」
バルドの表情は、心配そうで、しかしそれだけではなくもっと複雑な。
ライはウサギを地面に落として、指先をバルドに向けた。向かう先は胸。
血肉の、骨肉の中に、きっと鼓動は眠っている。
バルドはライの小さな手から逃げるように一歩下がった。赤に塗れたライの白い手。白銀の髪にも朱が散っている。
バルドの顔に表れているのは心配だけではなく、恐怖だけではなく。
分からない。
鼓動に触れることが出来ず、ライは手を下ろした。 届くはずがないのだ。
まるで、砂時計のような、
いのち。
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