手料理のススメ


ライはあんなに毛嫌いしていたバルドの料理を食べるようになった。無論悪いことじゃない。むしろ良い変化だ。だがコノエにとっては悪いこともある。

バルドの宿での夕食。ライとコノエは特に話すこともなく黙々と食べていた。バルドはこちらの食べる量などお構いなく、次から次へと見目の良い料理を運んでくる。
ライは渋々という表情で料理を視界に入れると、やはり嫌々といった表情でバルドの手料理を口に運ぶ。それでも美味しいのだろう、一度動き始めた手は休みなく働いている。
バルドの料理には珍しく、大雑把なものが運ばれてきた。大皿に鳥の丸焼きを乗せた豪快な雄料理だ。
「……これは?」
野宿するときにはよく見かけるが、ここではかえって物珍しくてコノエは思わずたずねてしまった。
「見たまんまだが」
「いや、そうなんだけど……何て言うか」
「ん? あぁ。これのポイントはクィムの実のソースだ。細かい所にこだわるのが一流の料理猫、ってな」
赤みがかったソースは鳥に掛かっているだけでなく、皿にも繊細な模様を描きだしている。
「んじゃ、ごゆっくりー」
バルドはやる気のなさそうな声で言いながら手をひらひらと振ると他の客へ料理を運びに行った。
テーブルに置かれた鳥の丸焼き。
何か思い出しそうだ。
向かい側には頬杖を付いて不機嫌そうなライ。
ライ。それだ。
いつだったかライが作った料理にそっくりなのだ。祭りの夜に酔ったライが作った料理が美味しかったことを思い出す。
じーっと鳥の丸焼きを眺めているとライが怪訝そうにコノエを見た。
「どうした?」
「別に」
本当に大したことじゃない。
「……お前は料理をするのか?」
唐突な質問にコノエの尾が跳ねた。
ライとしては話を繋ぐネタ程度の認識なのだろうが、コノエにしてみれば痛い所を疲れた気分だ。
「一匹で暮らしてたんだろう?」
「……食事とか食べ物とか、あんまり興味がなかったから」
思わず言い訳染みたことを言ってしまう。
「出来ないのか」
ライの声には特にこれといった感情は含まれていなかったが、あまりに直球な言葉にコノエはむっとした。
「で、出来るに決まってるだろ! 料理くらいっ」
「ほぅ」
意地を張って言ってしまったのが運のツキ。


「はぁ……」
あの後『コノエの料理を食べてみたい』なんて種類のことを、真っすぐに蒼い瞳でライに言われたら断れるわけがない。大体、そんな時ばっかり名前を呼ぶなんて反則だ。
だがそれにしたって、今ほどライとバルドの仲が改善したことを恨んだことはない。無論良いことだ。良いことだが――いかんせん、仲がマシになってライがバルドの料理を食べているという事は、コノエとバルドの料理を比較されてしまうかもしれないということだ。
だからといって今から前言を撤回するわけにもいかず、コノエは食材の調達に出掛けた。食材とは言っても微々たる物だが。


「なんだ、これは」
ライの目の前に置かれた皿。
「う……」
皿に入っているのはただの粉。されど粉、なのだ、コノエにとっては。だがバルドの料理を頻繁に食べているライの舌は肥えているはずで。
「作った、んだ」
小さな声になってしまう。ライに聞こえたかどうかも分からない。
何かを作りたくて、でもコノエ一人では火を使うことも出来ない。だからといって皿に乗せてライの前に出してみると、あまりにも貧相で、コノエは耳まで真っ赤になるのを感じた。
「あ、ぅ……な、なんでもない!」
やはり恥ずかしくなって、皿を下げようとした手がライに掴まれた。思いがけないひんやりとした手にびくりと震える。
「お前が作ったのか」
こくり。言葉を発することも出来ず、コノエは赤くなった顔を隠すように俯いたまま、小さく頷いた。
ライはやけに白い指を一本伸ばすと、指に粉を付けて口に運んだ。少しだけ出した舌で舐めとる。コノエの目は鮮やかな赤に奪われて、ライを凝視してしまった。
「なんだ」
「え、っと……」
まさかライに見惚れていた、とも言えない。
「クィムか? あとは何が入ってるんだ」
「コレ」
おずおずと、乾燥した葉を取り出してライに示した。
「手に入りやすそうだな」
「?」
ライの言いたいことがいまいち掴めない。首を傾げるとライは先を続ける。
「見た目は良くないが」
「ぅ」
言葉がちくりと刺さる。
「味は悪くないな」
「え……?」
思いがけない感想にコノエは目を丸くした。
「日持ちも良さそうで、その上材料はすぐ手に入る。携帯食として役立つだろうし、野宿の時にも便利だ」
コノエは目をぱちくりさせてライを見た。
「そう、かな」
「あぁ」
一体どこからその自信が湧いてくるのか気になるところだが、ライの自信に満ちた傲岸不遜な態度が今のコノエには嬉しかった。断言してくれると少しだけ救われた気分になる。自覚なく尾が揺れてしまう。
「……ありがと」
コノエが消え入りそうな声で言うと、ライは小さく鼻を鳴らし、粉をもう一掬いして舐めた。



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