森にて


 賞金稼ぎとしての旅の途中、すっかり暗くなった森の中。
 コノエは大分慣れてはきたものの、未だに火を扱うことはできない。仕方なく、ライが適当に火で焼いたレベルの料理とも言えないようなものを食べて、途中で見つけた木の実を食べて腹を膨らませた。
 二匹を照らすのは冷たい陰の月、仄かな星、道しるべの葉。火は調理が終わるとすぐにライが消してしまった。
 二匹は並んで腰を下ろし、一本の大木に身を預けている。二匹での野宿は新鮮で、どこか居心地が悪い。まだ慣れていないからなのだろうし、これから回数を重ねれば慣れるのだろう。外敵に無防備に体を曝しているような気がして落ち着かないのだ。一匹で暮らしている時は僅かな物音や気配でも目が覚めたものだったのに、今は朝起きると大抵、気付かぬうちにライの肩に頭をもたせかけてしまっている。
 どんなに落ち着かなくても眠気は待ってくれなくて、コノエはいつものように微睡み始めた。
 つらつら考えながら、思考を睡魔が奪っていく。しかしライの尾が何気なく動くのが視界に入って、それを視線で辿る。隣にいるライの横顔に目が留まった。目を閉じていて蒼い瞳は見えない。だがライからは起きている気配がする。目蓋の奥には鋭い視線が隠されている。
「あんたは寝ないのか?」
眠くて閉じそうになる目を擦りながら、コノエはたずねた。
 ライは欝陶しそうに片目を開けてコノエに視線をよこした。
「何だ、突然。寝ないわけがないだろう。俺を魔物か何かと勘違いしてるのか?」
さも馬鹿馬鹿しいといった調子で鼻を鳴らした。
 いつもなのだ。コノエはライより先に寝てしまう。だから気になったのだ。
「だけど……」
「何か不満か?」
「そうじゃなくて……」
「じゃあ何だ」
「寝てる、じゃなくて、え……と、魔物が……」
「いい加減はっきり言え」
強い口調で促されてコノエは渋々口を開いた。
「夜にこんな所で寝ても平気なのか、気になっただけだ。確かにもう虚ろはないし、魔物も前よりは減った。それにあんたがやってることだから大丈夫なんだろうけど……」
「そんなことか」
ライはつまらなそうに再びコノエから顔を背けた。
「そんなこと、って……! 寝てる間に襲われたらどうするんだよ」
「それはない」
「だけど……!」
きっぱり断言されてしまえば返す言葉もない。
「俺はお前のように前後もなく寝ているわけじゃない」
それだけ言うとライは目を閉じた。
「だけど、だから……っ」
「まだ何かあるのか」
コノエは俯いて、それから意を決して言葉を紡ぐ。
「だから……あんたは寝てないんじゃないかと思って」
ライは驚いたように目を丸くした。返事が返ってこなくて、先を続ける。
「見張りだったら、俺で良ければたまにはかわるから……」
余計なことを言っているのではないかと恥ずかしくなって、語尾が徐々に小さな声になった。
「馬鹿猫が」
いつになく低い声が聞こえて、耳がびくりと小さく震えた。
「お前に出来るわけないだろう。寝るに決まっている」
「な……子猫扱いするの、いい加減やめろよ」
「だからお前は気にしなくていい」
白い毛がふわりとコノエの頬を撫でた。ライの尻尾。「え……?」
ライの表情はいつもと変わらない。だがこれはもしかすると、心配してくれて、いるのだろうか。
「……俺だってそれくらい出来る」
「そうか」
ライはそう言って、口の端を少しだけ持ち上げると意地の悪そうな笑みを作った。
 次の瞬間。
「……っ! 何だよ!」
「見張りはお前がやるんだろう? 俺は寝る」
ライの頭がコノエの足の上にあった。ライが、コノエの腿を枕にして寝ている。思いがけない行動に驚いて下にある顔を凝視した。既に目を閉じていて、視線から表情を読み取ることは出来ない。
 足に掛かる白銀の髪の一房を、恐る恐る手に取ってそっと梳くと、指の間を滑らかに通って地面に落ちた。僅かな光を集めて艶を増す。ライの、髪と同じ色の耳が小さく反応を返す。不快そうではなかったから、コノエはゆっくりと髪を好き続けた。
 やがてライの口から静かな息が漏れ始める。ライは寝返りを打って、その腕をコノエの腰に絡めた。
「……っ!」
身じろぎしてしまって、それでもライが目を覚まさなかったことに安堵のため息を吐く。
 最初に驚いた腕は、しかしあたたかい。足にかかる重さも心地よかった。時々白銀の髪が指の間を流れ落ちる感触を楽しむ。
 夜の柔らかな光に照らされたライの顔には、木々の影が落ちる。こうしてみれば森の匂いに満ちた夜の空気は穏やかだった。
 次第に深くなる夜に身を委ねる。



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