not a pie in the sky


何もない。暗い。
部屋は殺風景でベッド以外置かれていない。同居しはじめたばかりで何かを買う金銭的余裕はない。それ以上に、何かを買おうという甲斐性が住人のどちらにもない。
部屋は古びているが清潔感に溢れている。何せ、何もない。埃は多少積もっているが、大きなゴミが落ちているわけではない。
窓から僅かな街灯の光が差し込む。ベッドが軋む。
「っ、く……ぁ」
噛み締める声。
「力抜けよ、アキラ」
ユキヒトは組み敷いたアキラの髪を梳き、そのまま頬を撫でた。苦しげに歪む唇にユキヒトのそれを重ねる。
「ん、ふっ……」
同時に下に手を伸ばし、アキラ自身を刺激する。キスの合間、漏れる吐息に甘さが混じり始めた。
「き、つっ……だから、緩めろって」
「これ以上む、り」
ユキヒトが指先がアキラ自身の先端に触れる。首を横に振っていたアキラは背をしならせた。同時に、アキラの中にいるユキヒトがより深く、抉るように、入り込む。
「あ、ぁっ」
「ほら、奥まで入った」
ユキヒトはアキラの耳元に口を寄せ、低めの声で囁いた。
「お、まえ……!」
睨み付けるアキラの瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。
「気持ち良いだろ……もっとこっち見ろよ」
ぎりぎりまで抜いて、入れる。二人の間ではアキラ自身が存在を主張し、先端からは頻りに先走りが零れ出る。
「っ、ユ、キ……」
「い、けよ」
「あ……っ」
アキラが達すると同時にユキヒトもアキラの中に欲望を吐き出した。
ユキヒトの体がアキラに覆いかぶさり、重い。
「……どけ」
息切れを誤魔化しながらぼそぼそと呟いた。顔を背ける。
ユキヒトがずるりと引き抜くと、白濁がアキラの腿を伝った。
「……っ」
敏感になっている時の刺激に、僅かに声が出る。
ユキヒトはアキラの上からどくと、隣に寝転がった。
「気持ち良かっただろ」
アキラの耳元で囁く。見なくても、意地の悪い顔で笑っていることは想像できる。
「……夜中に起こすな」
アキラはユキヒトに背を向けたまま話し掛けた。肌寒い。シーツを引き寄せる。
「仕方ないだろ。なかなか時間が合わなくてずっとしてないから……溜まってたんだ」
「だからって寝てる俺のことを起こすな」
「明日休みだろ? それとも、朝の方が良かったか?」
「……っ、うるさいっ」
アキラは洋食屋、ユキヒトはバーで働いているせいで、すれ違うことが多い。
ユキヒトは夜中に帰ってくるなり、眠っていたアキラを叩き起こし、服を剥ぎ取ったのだった。
「シャワー浴びて、寝る」
ユキヒトとは顔を合わせずに立ち上がる。腿を伝い落ちる感覚にぞわりとした。


翌朝。朝というよりも昼に近い時間。
アキラは目が覚めた。隣ではユキヒトが寝ている。何か飲もうとベッドを下りた。
ふと、ベッドの下から何かが見えているのに気付いた。屈んで引き出す。
絵だ。
アキラがトシマで初めてユキヒトとまともに対面した部屋を埋め尽くしていたのと同じような、黒一色の絵。
ユキヒトはいつの間に描いたのだろうか。何故ベッドの下なんかに?
ベッドの下を手で探ると何枚も出てきた。アキラはユキヒトの絵が嫌いではない。見つけたものを順に眺める。
そして、ある一枚を眺めた時だった。
「――っ」
絶句。それ以外にはない。
「お、まえ!」
健やかにすやすやと眠っているユキヒトに叫んだ。シーツを無理矢理剥がして起こす。
「何だよ」
ユキヒトは身を起こすと無表情にアキラを見た。何も纏っていない、均整のとれた体が顕になる。
「何って……それを言いたいのは俺の方だ」
たった今見つけた絵をぴらぴらさせて、その存在をユキヒトに示す。
「何、描いて――!」
「あぁそれか。綺麗だろ?」
ユキヒトは悪戯を成功させた子供のように笑った。
「アキラが、イった時の顔のスケッチ」
「ふざけるな。いつの間に……」
「昨日お前が寝た後に、さらっと」
「ふ、ざ、け、る、な!」
アキラはその絵を破ろうと手をかけた。
「破れよ。よく覚えてるからいつでも描ける。それに」
無表情を崩して不敵に笑う。
「また俺の方を見てイかせれば、見られる」
「っ、く……」
アキラは破ろうとしていた手を諦めて下ろした。そもそも、ユキヒトが描いた絵をアキラが破れるはずもなかった。
「……こういう、人間の絵も上手いんだな」
「モデルがいいからだ」
「くっ……」
ユキヒトはこういうことをしれっと言うから質が悪い。しかし、アキラ個人の感情を無視して見れば、写実的で出来の良い絵だ。アキラ個人の感情を無視すれば、だが。
「アキラ」
ユキヒトは唐突に、呆然としてるアキラの手を引いた。ベッドに引き込む。
「折角の休みだ」
アキラの首に顔を近付ける。
「忘れないうちに、もう一回」
舌で首筋をねっとりと舐めた。ぞくりとあわ立つ。
「アキラだってまだ溜まってるだろ」
「やめろ! 今すぐに忘れろ! 二度と描くな! あ……っ」



この日以降、ユキヒトは全く自重せずに部屋を散らかすようになった。あっという間に、トシマのあの部屋を彷彿とさせる部屋に様変わり。
部屋を埋める絵の中には、実は、アキラを描いた絵が混ざっている、らしい?



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