みかん。


狭い部屋で同居するようになってしばらく。物理的に豊かというわけには到底いかない。だからといって不満もない。
身を切るような寒さを布団を被り、寄り添ってやり過ごすような日々。

「アキラ」
ドアが軋みながら開いて、落ち着いた声とともに鮮やかな髪が部屋に入ってくる。
「今日は早いんだな」
「マスターに用事があるらしくて、店じまいが早かったからな」
言い終えたユキヒトが軽く腕を振る。
「――っ」
突然投げて寄越された丸いものをアキラは慌てて受け止める。
「……何だ、これ」
丸くて橙色なものが一つ。
「馴染みの客が置いていった」
「え、あぁ」
アキラがそれを眺めている間にユキヒトは外套を脱いで、一つしかないベッドに放り投げ、小さな椅子に座った。
「座れよ」
ユキヒトに促されてアキラも椅子に座る。小さなテーブルに丸いものを置いた。
「食べないのか?」
ユキヒトが怪訝そうに眉をひそめる。
「いや……これ、何だ?」
「は?」
感情を表に出すことは少ないユキヒトが目を丸くした。
「何って、蜜柑だ。食べたことないのか」
「ソリドばっかりだったから」
「……もう少しまともなもの食えよ」
蜜柑を眺めるアキラを眺めて、ユキヒトはため息を吐いた。
「皮を剥いて食うんだ」
アキラは蜜柑の皮を剥いた。オレンジ色の下から白っぽいものが現れる。薄皮に爪を立てる。
「それはそのままでいいんだ」
呆れ果てたユキヒトがアキラから蜜柑を取り上げる。テーブルの上には細切れになった皮が無残に散らかっている。
「来い」
言われて、アキラは椅子をユキヒトに近付ける。
「ほら」
ユキヒトは蜜柑を一粒、アキラの顔の前に差し出す。
「食べろ」
強く言われてアキラは口を小さく開いた。ユキヒトの指で蜜柑が押し込まれる。
「……酸っぱい」
「……そうか」
「皮、お前の髪の色に似てるな」
「そう言われて喜ぶ奴がどこにいるんだ」
身も蓋もない感想への感想は特になく、ユキヒトは蜜柑を一粒口に含んだ。

2月、部屋を満たす空気は冷たい。隣にある体温はあたたかい。



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