嫌い


緞帳のように重く垂れ下がるカーテンはアキラがこの部屋を与えられた時から開けたられたことがない。上質な布は自然光を遮り、部屋の中は人工の光だけで劇場に似た仄暗さを保っている。
気怠い身体をベッドに横たえた。情事の名残が残る裸体を白いシーツで包み、夢と現を曖昧に彷徨う。
重いカーテンが僅かに揺らめいた。一瞬だけ入った光はアキラの闇に慣れた目を犯し、しかし幕は開かずにすぐにまたカーテンに奪われた。揺らしたのは風。風を起こしたのは――シキ。
疲労で拡散する意識を掻き集め、「城」の主に視線を移す。
「遅かったね……ねぇ、シキ」
返答はない。酷く不機嫌そうな表情と香る鉄が可笑しかった。
「嫌い」
「そうか」
感情のこもらない返答はいつものことで、反応があっただけ幾分まし。革のコートがアキラの寝るベッドにばさりと投げ捨てられ、体にかかる重みが増してアキラは明らかな嫌悪を示した。ベッドサイドに重い音と共に日本刀が置かれるのをつまらなそうに眺める。
「土産だ」
眉を寄せる。シキがそんなものをくれるなんて、どんな天変地異の前触れだろう?
上体を起こし、ぽいっとシーツの上に投げ出されたそれを見て、アキラは嬉しそうに顔を綻ばせた。
指輪が填まったままの、薬指。
根元から切断された薬指は最後の足掻きにとろりと一滴だけ血を流して白いシーツを赤く汚した。金のシンプルな指輪がきらきらと煌めく。
彼女だか彼氏だか、妻だか夫だかがいるくせにアキラに手を出してきた男の成れの果てにアキラはくすくすと笑った。抱かれてからまだ一時間も経っていない。顔は覚えていない。記憶に残っているのは細いけど長かったこととか。それもすぐに、シキの体温を感じれば忽ち忘れてしまうだろう。
指先で指を摘んで持ち上げてみるとまだほんのり温かい。
「ありがと」
数分前に死んだのだろう。どんな風に? どうでもいい。名もない男に抱かれて、男はシキに殺された。
「シキ、大好きっ」
窓際に佇んでいたシキが近付いてくる。汚いものを見る目でアキラを見た。
「腐る前に捨ててしまえ」
「うん、いらない」
シキに言われたら断る意味はない。すっかり冷えた芋虫のような指を観葉植物の大きめの鉢に放り入れる。葉の陰に入った指輪は光を失った。
「アキラ」
「何?」
久々に呼ばれた名前に期待を込めて首を傾げる。近付こうとベッドの上で膝立ちになると腰に掛かっていたシーツがはらりと落ちて下肢が丸見えになった。白濁が内腿を伝う。
「腹を切り裂いてその汚らしい腸ごと取り出してやろうか」
「できないくせに」
にこりと笑いかけるといきなり押し倒される。
「愛してる」
短い言葉に大した意味はない。アキラがさらりと言ったそれをシキは聞き流した。
ベッドが軋む。



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