闇に冴える月に掛かる雲


「ふざけているのか?」
紅い視線に射抜かれた。その視線に曝されて動くことすら出来ないなら、地面にみっともなく張りついて、縋りついた方が良いんじゃないかという錯覚に囚われた。
 結局、倒すことなんか適わないんじゃないだろうか。仇を討つことは不可能なのではないか。夢物語、だろうか。
「これで終わりか」
終わり、だろうか。答えることすら、出来ない。
「くだらん」
心底些事だと言うように言い捨てた。
「刀を汚すことすら勿体ない」
刀をしまった。
「くだらん」
もう一度言って、それきり興味をなくしたのか視線をそらす。そしてそのまま背を向けて遠ざかり、闇へと溶けていった。
 姿が完全に見えなくなって、弛緩していた手を再び握り締めた。それを地に打ち付ける。鈍い音がした。
 何度も、何度も。


 時間が分からなくなってきた頃、少し離れた所からガヤガヤと騒がしい声がしてきた。
 人だ。
 人がいる。それもかなり多い。
 思わず笑みを漏らした。
 アイツを逃してしまったのなら、また追えば良いんだ。
 声のする方へ移動する。
「待てよ」
一団が振り向いた。
「タグ置いてって」
そんな理不尽な問い掛けに答える奴がいる訳もない。
 武器を向けられた。スティレットを構える。
 一人が突進してきた。迎え撃つ。
 右、上。
 後ろ、下、左。
 そして前。
 それが最後の一人だった。
 ピリ、と手の甲に痛みが走った。しかし痛みを無視してスティレットを突き出す。
 相手の首に刺さった。抜くと血を吹き出してソイツは地面へと倒れた。
 絶命していた。
 周りに倒すべき人間がいないことを確かめて、そこかしこに転がっている死体を調べる。
 掻き集めたタグは合わせて12枚。使えるタグは一枚もなかった。
 全部ブタタグ。


 これがアイツに繋がる唯一にして確実な道なのに、開かれない。広がらない。
 遠いということ位わかっていた。今までたくさんの機会を無駄にしてきた。今回のように。
 手の甲に赤い線があった。先程の傷だ。殆ど痛みはない。だが。
 こんな傷を負っているようではアイツには追い付けない。きっと、アイツは怪我なんてしないのだろう。


 役立たずなブタタグの束を掴んで移動しようとした。
 ふと、明るい金髪が視界に飛び込んできた。自分の髪。
 これはあまりに荒廃しきったこの町では目立ちすぎる。僅かな光でさえ、集めて煌めくのだ。しかもこれのせいで女に間違えられたりもする。せめてもう少しでも体が大きくて、髪も黒かったら……。
 そこまで考えてはたと思考を止めた。

 これではアイツそのものだ。

 ……気分が悪い。
 結局、アイツの事で、こんなにも頭の中が侵食されているのだと分かっただけだ。
 こんな脳など腐り果ててしまえ、と願ったって、アイツが頭の中から消え去ることなどない。
 どうなるのだろう、と対象も意味も曖昧な不安で満たされた。


 写真を撮ることも忘れて寝床の方向へ向けてひたすら足を動かした。

 その時、馴染みのない気配を近くに感じた。まだここに慣れていなさそうだ。
 もしかするとタグを持っているかもしれないという期待を込めて、気配のある方へ、歩き始めた。



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