齟齬


グラニル




海と空が一つに繋がって見える公園。
きっとその辺にいるだろうと思って立ち寄った公園で、ふんわりと風を帯びる金髪を見つけた。短い休暇で広いユニオン領で、彼に会えるのは奇跡みたいなごく低い確率。でも、素性を知らないはずの敵と味方は、容易く出会ってしまう。
「髪、伸びたんじゃねぇの?」
「そうかもしれんな、久しぶりだ」
背後から近付いても気付かれず、掛けた声に驚きもせずに彼は振り返った。穏やかな笑みを浮かべた幼く見える顔がニールを見た。
「今日の夕飯、何?」
「じゃがいもだ」
「だと思ったよ」
冗談を交わして二人並んで広い空に背を向けて歩き出す。慣れたような足取りで、慣れない道を歩く。辿り着いた今晩の宿は、大きな窓のある風通しの良い部屋だった。
「髪切りに行かないのか?」
「私はいつも自分で切っている」
「随分器用なんだな」
以前会った時よりも少し髪が伸びているが、スタイルは悪くない。
「君ほどじゃない」
レースのカーテンが風で揺れる窓沿いに椅子を二脚並べていたグラハムの視線が下がり、ニールの革の手袋に包まれた指先をちらりと見たことに気付いて、腕をさり気なく身体で隠した。
「なら、俺が切ってやるよ」
「ニールが?」
並べた椅子から手を離し、背をまっすぐに伸ばしたグラハムがあどけない表情で首を傾げた。
「そんな不安そうな顔しなさんなって。これでも昔、弟の髪とか切ってたんだぜ?」
窓に向けた椅子の下に新聞紙を広げて敷いて、グラハムを座らせる。
「弟? 姫の弟ならさぞ可愛いのだろうな。もっとも、ニールに勝る者など全宇宙を探しても存在しないが」
「相変わらず大袈裟だなぁ」
変わらない相手に苦笑を溢し、背を向けているグラハムには見えないのを良いことに微笑んだ。世界が変わっても俺が変わっても、グラハムにはきっと変わらない部分がある。
部屋を一周して鋏を見付けた。持ち手に指を入れてくるりと回し、手に少し馴染んだのを確認してからしっかりと持ち直す。ふわりとした髪に刃を入れた。しゃきん、と刃が噛み合う音がして金髪がぱらぱらと新聞紙に落ちていく。カーテン越しの薄い光に煌めくそれが勿体ないように感じ、しかし躊躇っていてはどうしようもないからと遠慮なく鋏を入れていく。
全体を一通り軽く梳いてから、首に掛かる襟足を適当な長さに切っていく。髪に隠されていた頸動脈が見えた。このまま刃を滑らせれば簡単に殺せる、と何の脈絡もなくごく普通に考えて鋏が止まった。
「何かあったか?」
「ん? 別に」
グラハムの問いに別段気負いもなく答える。グラハムはそうか、と言って目を瞑った。
「大体終わったぜ」
剥き出しになって無防備に晒された首筋をさらりと撫でてからグラハムの前に回る。
「そんなに切らなかったけど、どう?」
「大分軽くなった」
「そっか。目、閉じてて」
マリンブルーが隠れたのを確認してから前髪に鋏を入れて切りそろえる。かろうじて触れるだけのキスを前髪に落とした。
「結構男前に仕上がったと思うぜ?」
茶化すように言うとグラハムがぱちりと目を開いて大きな瞳が見えた。
「そうか! 少しは姫にふさわしい男に近付けただろうか?」
ぱぁっと笑ったグラハムが立ち上がって鏡に向かって歩いていく。
俺はいつだって、グラハムに相応しくないってのに。目の前で守るもののない背中を晒す男を今すぐに殺すだけの殺意も持てないんだから。



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