約束はいらない


「ねぇ、ニール」
朝、まどろんでいるとアレルヤの声がして、ニールはもぞりと身動きし、目を覚ました。耳のすぐ近くで名前を囁かれ、いつもは心地好いアレルヤの声が頭にガンガン響く。酷い二日酔いだ。こんなに酷いのも久しぶりな気がする。若い頃は無茶な飲み方をしていたから、たまに、ごく稀に、記憶を失うような失態を仕出かすこともあった。ギネスの国出身だけあって、ニールはアルコールに強い。どちらかといえば弱いのはアレルヤの方だ。が、昨日、同じ時間まで起きていたはずのアレルヤを見てみれば、けろりとしている。
「ニール、起きた?」
「ん、ぅ……」
静かな声が頭蓋骨の中で反響して脳を掻き混ぜられているかのようで、呻いた。それでも二人で毛布に包まり、あたたかな空気の中で過ごす時間はゆるやかで、適度な強さで抱き締めてくるアレルヤの腕も悪くはない。幸いなことに吐き気はない。
「おはようございます、ニール」
「ん、はよ……アレルヤ……お前、随分酒強くなったのな」
「そうかな?」
細めた眼を照れくさそうに反らす仕草が幼くて可愛らしい。アルコールを飲むことを法的に許されているような年齢には見えない。えへへ、と笑ったアレルヤは、しかし突然真剣なまなざしをニールに向けてきた。
「ちゃんと、覚えてる?」
「へ?」
何の事だか見当がつかない。記憶が飛んでいる、としたら、いい歳になってとんでもない馬鹿だ。年下のアレルヤはしっかりしているというのに。
「何のこと、だ……?」
アレルヤに手間掛けさせちまったんだろうかとか、考える。忘れてしまった内容を思い出す事も出来ずに、問いかける。
「忘れちゃった、の……?」
途端にアレルヤの瞳がうるうると涙を溜め始める。しゅん、と散歩をお預けにされた犬のように落ち込んで、前髪が寂しげにぱさりと微かな音を立てた。
「わ、悪い……相当酔っちまったみたいで……」
ベッドに入った記憶もない。きっとアレルヤが運んでくれたんだろう。それを思うだけで気が重い。少し、嬉しい。
「すごく、大切なことなのに……」
「ごめん、な……?」
アレルヤの額にちゅ、と唇を押し付ける。それで済むと思っているわけでもないが、あまりにうなだれてしまっているアレルヤを慰めたかった。
「俺、何言ったけ……?」
せめて大人らしくと、そわそわ慌てる心を落ちつけながら眉尻を下げる。への字に結ばれた唇を何度か啄ばむと、アレルヤはようやく口を開いた。
「『お前を嫁にしてやる』って……」
「はっ?」
アレルヤがすごすごと紡いだ言葉にニールはぽかんと馬鹿みたいに口を開けた。きょとんとしているアレルヤに構うことも出来ずにしばらくそうしてから、開けっぱなしの口に気付いて慌てて閉じた。
「言ってくれました、よね?」
心配そうに念を押してくるアレルヤに、気を取り直そうと何度か深く呼吸をした。
そして、思い出した。
「お前、俺にさんざん酒飲ましてくれたよなぁ?」
「そ、そんなことないですよ!」
思い出した。昨晩、アレルヤはアルコール度数の高い酒をニールのグラスに何度となく注いできた。空になるたびにこれがおいしいだの、あれがスメラギのオススメだのと言って何度も何度も。で、アレルヤはといえば、八割方がソフトドリンクで出来ているサワーをちびちび飲んでいたのだ。うっかり唆されたニールが悪いと言ってしまえばそれまでではあるものの、今日の痴態はニールのせいばかりではない。
「あーれーるーやー」
「そそそれで、覚えてるんですかっ」
わたわたと慌て始めたアレルヤは、アレルヤにとって肝心な部分だけは忘れずに質問してくる。
「知るかよそんなの!」
ニールはぷいと身体ごと顔を背けた。模様もない壁と見つめ合う。
「そ、んな……! そりゃ、僕があなたを酔わせて言わせたことかも、しれないけど……」
掛け値なしに沈んだ声が背後からして、ぎゅうぎゅうと力任せに抱き締められた。
「そうだろっ! 俺は関係ねぇっ」
今は絶対に振り返らないと誓う。赤い顔がばれてしまう。
 忘れてるわけ、ない。あまりに当然のことだから、わざわざアレルヤに聞かれると思ってなかっただけで。
「俺は、寝るっ」
「朝ですよ?」
「知るか」
驚いたような声がしたのを無視して、頭から毛布を被って全身を覆ってしまう。頬だけじゃない。耳も首筋も何もかも、うっすら赤くなってしまっているにちがいない。
「おやすみなさい……」
「……ん、おやすみ」
添い遂げるなんて普通だと思うくらいには、好き。



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