さらさら


 部屋に青い草の香りがふんわりとほのかに漂う。
 アイルランドでは七月七日に深い意味はない。だがイベント好きなニールとライルの両親は、どこかから貰ってきた小ぶりな笹を一枝、部屋の壁に立て掛けた。エイミーは何もわからないまま、どこか楽しげな雰囲気が漂う我が家できゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる。
 父親が日本や中国に伝わるという織姫と牽牛の話を自慢げに話してるのを聞き流し、それでも一つだけは話題をピックアップした。
 短冊にお願いを書くと叶う。
 ニールとライルは子供らしい強欲を発揮して、テーブルに置かれた色とりどりの短冊に勢いよく手を伸ばした。一人一枚だけよ、という母親の声にライルがむすっと頬を膨らませ、ニールはそれを宥め。ライルが一番先に緑の短冊を掴んだ。ニールはピンクの短冊を見つけてエイミーに渡し、それから自分の分にと青の短冊を摘まみ上げる。
「え、ニールは青?」
「ライル、緑好きだろ?」
「……俺も青っ」
ライルは緑の短冊を戻し、ニールと同じ青の短冊を握り締めた。見つけた黒のマジックを握り締め、ライルは床にぺたりと座ってニールとエイミーに背を向けた。
「ライルは何をお願いするんだ?」
「秘密! ニールは?」
「うーん……」
ニールは首を横に倒した。ライルはきゅっきゅと音を立てながら願い事を書いている。その音が途切れて、ニールは口を開いた。
「みんなでずっと仲良く暮らせますように、かな」
ニールが口に出した願い事に、ライルは眉の間に皺を寄せた。
「ニールの、けち」
「はぁ? 何がだよ」
「何でも良いだろっ!」
唇を突き出して不機嫌なライルは、立ち上がると笹に近付いた。ニールとライルの身長よりも高い笹を見上げて、椅子を運ぶ。笹の近くまで椅子を持っていって、ライルはよじ登った。笹の天辺に近いところに、願い事を壁に向けて青い短冊を掛ける。満足げに笑って、ライルは椅子を降りた。
「ほら、エイミー。できたぞ」
まだ字があまり上手く書けないエイミーの代わりに、ニールは短冊を書いてやった。『あたらしい服!』。書いた短冊を、エイミーでも見られる低い位置に掛ける。それからニールも自分の短冊を書いて、背伸びをしてやっと届くくらいの場所に掛けた。
「高いところの方が願いが叶いやすいんだぜ、ニール」
ライルの短冊よりも低い位置に短冊を掛けるニールを見ながら、ライルは胸を張った。
「へぇ、 何で?」
「星に近いから」
ふふん、と鼻の頭を天に向けた。
「ライルって結構ロマンチストだよなー」
ニールは一瞬きょとんとしてから、くすくすと笑った。隣のエイミーもニールの真似をして笑う。
「そんなこと、ないっ」
ニールの言葉にかぁっと頬を赤くして、ライルは廊下を駆けて行った。
 短冊を掛け終わった笹を庭に出すことになって、父親がよいしょと持ち上げた。ニールもそれを手伝って下の方を支える。短冊が落ちてしまわないように気を付けて、一番上のライルの短冊を見ながら笹を動かす。
 その時、外からの風にライルの短冊がひらりと翻った。あまりに一瞬でよく見えなくて、片付けの時に見れば良いかと諦める。父親がははっと楽しげに、からからと笑った。
 日が落ちて夜になって。ニールが見ずに星が見たライルの願い事。


『ニールとけっこんできますように!』






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