熱交換の理


アレニル。ただの王道





「おやすみなさい、ロックオン」
「ん……」
ベッドに二人で潜り込み、良い夢と良い明日を願って心地好い闇に溶けてゆく。それはセックスした時でもしてない時でも自然と行う習慣だ。アレルヤがおやすみを言うと、ロックオンがおやすみを返してくれてたくさんの甘いキスを降らせてくれる。瞑ってもロックオンを意識してひくりと震えてしまう目蓋にも唇が落ちてきて、ロックオンの体温とアレルヤの体温が入り混じった毛布に抱かれ、背中を撫でるロックオンの宥めるような手のひらに安らぎを見つけて眠る。アレルヤが悪夢にうなされなくなったのはロックオンのおかげだ。
それが、今日はおかしい。
もぞりと身動ぎしてアレルヤに背を向けたきりで、当然綿菓子のようなキスは与えられない。
「ロックオン……?」
「早く寝ろよ、アレルヤ……」
むにゃ、と浮いたような口調で言うロックオンは可愛いのだけれど、やっぱりおかしい。
「僕、貴方を怒らせましたか……?」
昨晩ベッドに二人で入ってから今までの行動を振り返る。慌てたアレルヤの脳内に、照れたようなロックオン、困ったようなロックオン、怒ったようなロックオン……ありとあらゆるロックオンの表情が走馬灯のように浮かんでは消える。ロックオンがアレルヤの頭の中を覗いたら、きっとアレルヤの額を指先でぴんと弾いて照れたように困ったように怒ったように笑うだろう。
「はぁ? 何言ってんだ、アレルヤ」
「だって、こっち見てくれないし、それに……き、キス、も……」
ロックオンは首だけで振り返り、アレルヤを見た。見開かれ涙を帯びた翡翠にアレルヤの心臓が跳ね、咄嗟にロックオンの肩に額を押しつける。
「あのなぁ……」
ひょい、と肩越しに伸びてきた手がアレルヤの旋毛辺りを掠めた。伸ばされた手はすぐに元の位置に戻り、シーツに皺を作った。
「……か……ひいて……」
「え?」
恥じ入ったように控えめにシーツに向かって吐き出された言葉はアレルヤには届かず、きょとんと首を傾げた。
「……風邪、ひいたんだって……気付いてなかったか?」
ロックオンの声に何度か瞬きし、数瞬、間が空く。
「え、と……ひょっとして、ロックオンの身体がいつもより熱いのって……」
「熱だよ熱! 他に何があるってんだよ……これじゃティエリアに怒られるよな、マイスター失格って……」
そう言って、ロックオンは鼻から上だけを残して毛布に潜ってしまった。そういえば、時折ずるると鼻を啜る音がする。アレルヤの胸の辺りにロックオンの頭がきて、栗毛がよく見える。アレルヤの頬が熱のあるロックオンよりも赤くなった。
「あ、の……僕、てっきり貴方が、は、発情してて体温が上がってるのかと……」
「はぁっ?」
ずっとアレルヤと反対方向を見ていたロックオンは素っ頓狂な声を出し、勢い良く寝返りを打ってアレルヤを見上げ、ゆらゆらと視線を彷徨わせてる相手を見つけて盛大に溜息を吐いた。
「人を犬猫みたいに言うなよ……ばか」
「ごめんなさい……」
しゅん、と塩漬けにされた青菜のようにうなだれるアレルヤにロックオンはもう一度溜息を吐く。
「アレルヤだって風邪くらいひいたことあるだろ? そしたらわかるはず……」
「いえ、その……風邪ひいたことなくて……」
「生まれてから一度も?」
「はい……」
ごめんなさい、と小さく繰り返すアレルヤにロックオンは眉を下げた。
「どんな身体だよ、お前は……健康なんだ、謝ることじゃないだろ?」
「うん……、あっ」
元気をなくしていたアレルヤは突然ロックオンの頭をぎゅうと抱き締めた。
「ん? どうした?」
「僕と貴方が一つになれば風邪菌なんて僕が引き受けて……」
片方だけの瞳をきらきらと輝かせるアレルヤに、ははっとロックオンは楽しげに上ずった声で笑った。
「そんなことができたらアレルヤなら確かに風邪菌も全部殺しちまうかもなぁ……ま、お前を風邪ひかせるわけにもいかねぇし、朝には治るよ」
「そうですよねっ」
ロックオンが後半を言い終える前に、アレルヤは実に弾んだ声で言った。ロックオンの頭を抱き締めていた手をずらし、引き締まった身体の中で唯一丸みを帯びたロックオンの臀部をさわさわと撫で始める。
「ちょ、アレルヤっ?」
慌ててロックオンが身をくねらせるとアレルヤは目をぱちぱちさせた。
「何?」
「何って、お前何して……」
「え? 一つになれば治るから、セッ……痛っ」
アレルヤが言い終える前に、ロックオンがアレルヤの顎にごつん。頭突き。
「馬鹿、どこの王道だ? ったく、こうやって寝れば治るって」
上を向いたロックオンはたった今頭突きしたばかりの顎にちゅ、とキスをした。
「おやすみ、アレルヤ」
言うなりぐてんと頭をアレルヤの胸に預け、すぅすぅといつもより幾分荒い寝息を立て始める。セックスの時よりは調った息だから大丈夫かなぁと思う間もなく、ロックオンは夢の中。
「……僕も風邪、ひいちゃったかなぁ……」
ロックオンの熱が移ったかのように火照る身体を持て余しつつ、ベッドから落ちそうになっていた毛布を引き上げる。それから目の前の熱を抱き締めた。



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