ぬくもり交換


アレティエ




12月9日、00:00。
ぱんぱんぱん、と小さな破裂音が三回。連続して、というよりもほぼ重なって大きく響き、残った一つの余韻が深夜の部屋を満たしてから消えた。仄かに香る火薬の匂いにすんっ、と鼻を動かす。
「ハッピーバースデー、ティエリア!」
ベッドに浅く腰掛けたアレルヤは前髪に隠れて片方しか見えない目を細め、にこにこと満面の笑みを浮かべた。
隣にある毛布の盛り上がりに向けて。
その塊はアレルヤのまばゆい程の騒々しい祝福にもぞりと動いた。毛布の端から紫の髪が僅かに覗き、それからまたすぐに隠れた。
「ち、ちょっとティエリアっ? 起きてるんでしょ?」
ぐぅ、という呻きに似た声が毛布の中から漏れ聞こえてくる。毛布の上からゆさゆさと揺さ振ると不機嫌そうな声が答えた。
「……寝ている」
「やっぱり起きてるじゃないか!」
アレルヤは勢いよく立ち上がると毛布を剥がしてしまおうと端を掴んだ。ぎゅうぎゅうと引っ張るも、頑固な抵抗になかなか上手くいかない。はぁ、と溜め息を吐いて再びベッドの端にちょこんと座る。
「君の誕生日だから、って、折角休暇をもらって地上に下りたのに……そんなに僕の顔を見るのが嫌なの?」
「あぁ」
くぐもった声の容赦ない肯定にアレルヤはがっくりと肩を落とした。
「……酷い……」
地上、町外れのホテルの一室。古びた佇まいで設備が充実しているわけでもないが、安価で身元を詮索されないところが利点だ。大して広くもない部屋の殆どは二台のシングルベッドが占めている。(アレルヤはダブルベッド一台の部屋を希望したのだが、ティエリアの頑なな反対にあって失敗したのだ)
小さな丸いテーブルにはホールケーキが置かれていた。チョコレートコーティングされた円形のスポンジの上に苺が六つ。ホワイトチョコレートでHappyBirthdayと書かれている。色とりどりのキャンドルに火こそ灯してはいないが、ティエリアが好きな紅茶も用意できていて祝福の準備も万端だ。それなのに、肝心の主役は毛布に包まって不機嫌。
「二人で祝うの、嫌?」
小首を傾げがっちりとした肉体に不釣り合いな動きをしてみたところでツッコミが不在である。
「誕生日などどうでもいい」
「そう、かなぁ……僕は二人で居られることが凄く嬉しいよ」
「それも、どうでもいいっ!」
毛布越しでこもっているが、声が震えている。勢い良く吐き捨てられてもめげずに毛布の塊を撫で続け、そんなにもティエリアを怒らせるようなことをしただろうかと考える。心なしか毛布の向こう側の身体も震えているようだ。
そこまで思考を進めて、アレルヤは撫でる手をはたと止めた。昼間は特に不機嫌な様子はなかったのだ。二人で町をぶらついて、陽が落ち始めると二人でケーキを選んで部屋に戻った。ティエリアが先にシャワーを浴びて、アレルヤはその後。シャワーを終えて戻るとティエリアはみのむしになっていた。
「……寒いの?」
「ち、違……っ、くしゅっ」
否定の言葉がくしゃみで遮られた。
「寒いんだね」
アレルヤは名案を思いついたというふうにぱん、と手を合わせた。
「じゃあさ、顔だけ出してよ。ケーキ、食べさせて上げる。僕からのプレゼントだから食べてほしいし……ね?」
行儀が悪いけど今日くらいはいいんじゃないかな、と続けながら頭があるであろう側の毛布を引っ張る。
「や、やだっ!」
ぐいっと引っ張ると、常より幼い言葉を発しながらのティエリアの抵抗にアレルヤが勝った。ティエリアの顔が現れる。頬を紅潮させたティエリアはアレルヤを睨み付けてくる。
「僕に風邪をひかせる気かっ?」
「そんなに寒がりならどうしてもっと服を持ってこなかったんだい?」
先程から疑問に思っていたことを言葉にする。
「し、知らなかったんだ! 地上の冬がこんなに寒いなんて……」
気まずそうに視線を逸らす恋人に、アレルヤはくすりと笑った。
「僕の膝に座ってケーキ食べればあったか……」
「ふざけるな。ケーキは朝になったら食べる。だから……」
「だから?」
珍しく口籠もっている様子にそのまま返して続きを促す。

「だ、から……今日は僕の隣で、寝ろ……っ」

アレルヤは毛布の端をしっかりと握りしめ顔を真っ赤にするティエリアの言葉に目を丸くし、ややあってからアレルヤはティエリアの形の良い額に口付けを落とした。
「了解。僕のわがままなお姫様?」
照明を暗くしてから毛布を軽く持ち上げるとティエリアの毛布を掴む指の力が弛んだ。
「早くしろ。冷たい空気が入る」
「はいはい」
ティエリアの隣にするりと潜り込み、華奢な身体を抱き締める。無意識にか、ティエリアがしがみ付いてきて、アレルヤはますます強く抱き締めた。絡められた足の指先が冷たい。

冬、狭いシングルベッドの上で。



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