Present is..1


ニルティエ




パンっ。
部屋のドアが内側に開けられた途端に小さな破裂音が響いた。紅の瞳がロックオンに向き、刺すように冷たい視線が送られた。一瞬遅れて頭に降ってきた色とりどりの細い紙テープにティエリアが顔をしかめる。
「何ですか、その子供騙しは」
「Happy Birthday, my dear?」
中身がすっかり空になった円錐形を手にし、鉄の女も一秒で落とせる至上の笑みを浮かべるも、ティエリアはぷいっと顔を逸らした。
「生まれた日を祝う意味がわからない」
「深く考えなくたっていいんじゃないか? 俺はお前が生まれてきてこの瞬間に俺と同時に存在してくれてることが嬉しい。だから祝うってだけ」
「さらりと恥ずかしいことを言いますね……」
ティエリアが紫の髪に引っ掛かった紙テープを細い指でつまんで取っていく。艶やかな髪は滑らかで、さしたる抵抗もなくするすると外れていく。
「あ、ちょっと待て、ティエリア」
ティエリアの手を制し、同時に狙撃手の長い指が赤い紙のリボンを一本摘んだ。紫の髪を一房掴むと繊細なリボンをそっと巻き付けていく。器用な指が蝶結びを作って離れた。
「よし、出来た。似合ってるぜ」
「……嬉しくない」
むすっと表情を曇らせるティエリアに、ロックオンの表情もまた翳る。間があって、それからロックオンは一つ頷いた。
「喜ばせないと意味ないからな。何か欲しいものあるか?」
「欲しい、もの?」
ティエリアはきょとんと首を返した。性格を表しているかのようにまっすぐな髪がぱさりと揺れて密やかな音を立てる。
「あぁ、プレゼント、だろ? ホントは今日に合わせて用意しておこうと思ったんだが、ティエリアの欲しいものがわからなくてさ。普段お前、そういうこと全然言わねぇし、聞いたら感付かれそうだったからうっかり……」
常よりもやや早い口調で頭を掻きながら気まずそうにロックオンがまくし立てている間も、ティエリアは目をぱちぱちと瞬かせといた。
「プレゼント……? もらえるんですか?」
今度はロックオンが呆ける番だった。
「誕生日だからな、当然だろ?」
わしゃわしゃと髪を撫でられ、ティエリアは倒れこむようにロックオンの胸元にしがみついた。
「それならば……貴方が、欲しい」
「ん? 俺はいつもお前のものだろ?」
ぎゅう、とロックオンの薄い色のシャツを握り締めて胸に額を擦り付けてくるティエリアにくすりと笑う。恋人同士のお約束とも言える展開が、初々しいティエリアが微笑ましい。
「違う」
胸に顔を埋めているせいでこもってはいるもののきっぱりとした否定が耳を打ち、ロックオンは首を傾げた。
「違う、って……っ」
疑問を声にする前に、きゅう、と切なげな声すら聞こえそうな様子で見上げられる。所謂、上目遣い。ほんのり潤んだ紅に見つめられ、恋に恋する初な子供のようにロックオンの鼓動が早くなる。たじたじになりながら馬鹿か俺は、身体も重ねているくせに、などと内心嘯いた時、だった。
少し体を離したティエリアが、肩からロックオンにぶつかったのだ。
「なっ……」
華奢であるとはいえ、男でそれなりに重さのあるティエリアが不意をついてまともにロックオンに全体重を乗せてきたのだ。耐え切れずによろけ、後ろにあるベッドに倒れこんだ。衝撃に目を瞑り、再び開いた時に視界に入ったのは天井、ではなかった。
「えーと、ティエリアさん……?」
にやりと笑んだティエリアのアップに思わず笑顔がひきつる。ロックオンの上に馬乗りになったティエリアはしてやったりとばかりの満面の笑みだ。
「僕は、貴方が、欲しいんだ」
「んーと?」
思考が追い付かず、質問も出来ずに視線を彷徨わせる。
「僕ばかりがいつもいつも抱かれるのは不公平でしょう?」
ティエリアの手がロックオンのシャツの裾に掛かった。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんですか?」
慌てるロックオンに律儀に対応しながら、ティエリアの手は止まらない。淡い緑のシャツをゆっくりとたくしあげ、男には無用な胸の飾りが顕になる。ティエリアのそれとは違い、標準的な鳶色の乳首が外気に晒された。
繊細な、冷たい指先がロックオンのその頂におそるおそる触れる。
「っ……」
ひんやりとした感触に身震いした。反応に気を良くしたのか若干大胆さを帯びた人差し指が右の乳首をつつき、捏ねる。
「ティ、ティエ……」
「静かにしててください!」
鋭い声が飛んできて口をつぐんだ。乳首を丹念に愛撫され、奇妙な感覚がロックオンを苛む。断じて、快感ではない。ティエリアの乳首はロックオンが時間を掛けて丹念にぬちょぬちょと舐め、ちゅうちゅうと吸い、こりこりと甘噛みを繰り返すことで、元々敏感だったものが感度を増し、布で擦れるだけでも甘く鳴くような、可愛くもいやらしい乳首になったのだ。ティエリアに天性のものがあったことも間違いないが、一朝一夕のものではない。ロックオンの努力の賜物である。馴らされていないロックオンのそこをティエリアの拙い愛撫で刺激されたところで、大きな快感がもたらされるわけがなかった。
ただし、だ。ロックオンは余裕をなくしながら真剣なティエリアの表情を眺めた。指での刺激に飽きたのか、ティエリアは腰を屈めた。胸元に顔を近付けてから躊躇うように顔を背け、ややあって赤い舌がロックオンの乳首を遠慮がちにちろりと舐めた。
「くっ……」
ロックオンは小さく呻いた。下肢に熱が集まり、布を持ち上げ始める。それにも気付かず、ティエリアは子猫がミルクを飲むように無心にぺろぺろと舐める。ティエリアの元々赤い唇が唾液に濡れて鮮やかだ。時折上目遣いに様子を伺ってくる瞳は不安に揺れ、濡れている。
あまりに、煽情的な光景だ。目に毒。
もどかしい熱が腰の奥に灯り始め、しかしティエリアのするがままにまかせた。赤ん坊がするように右の乳首に吸い付きながら左を指で弄る。それは、いつものようにロックオンがしている行為だ。
高まる欲に眉を寄せながらロックオンはティエリアの頭を撫でた。
「お前さんが頑張ってくれてるのは嬉しいんだが……」
渋々と声を掛けるとティエリアはもそもそと顔を上げ、唾液に濡れた唇をぐいっと手の甲で拭った。実に男らしい。それから小首を傾げる。
「はい?」
「どうしたんだ? 何かあったのか? ティエリアがこんなこと……」
言い掛けると、うっすらと赤くなっていたティエリアの顔が真っ赤に染まった。
「貴方、は! 余計なことを考えないで、あんあん鳴いてれば良いんです!」
「はぁっ?」
ティエリアのあまりの言葉にロックオンは目を丸くした。
「こんなこと、って貴方がいつも僕にすることじゃないですか」
「もっと、っておねだりするまでティエリアの可愛い乳首べろべろ舐めて、ぷっくりしたやつをこりこりしたり?」
「そ、そんなことは言ってない!」
ぱくぱくと口を開閉させ耳まで林檎みたいに赤くする様子は嗜虐心をそそる。今すぐにベッドに転がして剥いてあっちこっちに所有印を刻み込みたい衝動をなんとか抑え、熱を持ったティエリアの頬を手のひらで包む。
「わーかったから、落ち着け」
「落ち着いてます!」
「だーかーら、それが落ち着いてないって言ってるんだ」
髪を振り乱しては額に落ち長い睫毛に掛かる前髪を邪魔そうに掻き上げるティエリアの背中をぽんぽんと叩く。
「違うだろ? ティエリアはいつももっと冷静だ。その皮を剥がしてあんあん乱れさせるのが俺の好みだから、よく知ってるさ」
「ちゃ、茶化すな……っ」
「はいはい。だからさ、ちゃぁんとゆっくり話せよ。聞いてやるから」
な? と宥めるように髪を整えてやり額にちゅっと軽く口付ける。
「いつも、そうなんだ。貴方は」
ロックオンの腹の上にぺたりと座り込み、ぽつりと溢す。憂いを帯びた表情で見下ろされると何とも征服欲が募る。
「貴方には余裕があって、僕だけが、みっともなく鳴いて、喚いて……女みたいに」
きっ、と強い目で睨み付けられて、剣幕に何も言えなくなった。力を持つ目が潤み、表面を覆う涙の層が厚くなってゆらゆらと揺れ始め、頼りなく光を反射する。とうとう玉を作り、下睫毛では支えきれなくなった大粒の涙がぽろりとロックオンの腹部に落ちた。予想外の熱さに瞠目する。
「ティエリア、お前……」
「ぼく、は。男、なのに。貴方と同じ、なのに……」
悲しみに彩られたティエリアは凄絶に美しい。一粒ではおさまらずにぽろぽろと落ちた涙がロックオンの臍の窪みに溜まる。
「こんなに女々しくて、嫌われたら、って……」
一旦揺らいだ瞳が力を取り戻してロックオンを見た。
「だから、今日は僕が貴方を抱きます。僕だってそれくらいできる」
ぎゅう、と両の拳を握り締めるとティエリアは再び上体を倒した。
「おい! 誰がお前を嫌いだって……大体どうしてそういう風に繋が、っ……んっ」
ティエリアの花弁のような唇がロックオンの唇に重なった。押しつけるだけの口付けが、変化を見せる。ティエリアの舌がロックオンの唇を控えめになぞる。促されて口を開くとロックオンの口内に舌がひっそりと侵入してくる。じれったい速度で動くそれは口腔の浅いところを行き来するだけで奥までは入ってこない。唇も舌も震えている。くちゅ、と聞こえるかどうかという微かな水音に舌が強ばった。閉じられた瞼がひくりと動き、つられて長い睫毛がふるふると細かく震えている。
頭の横に置かれた手も小刻みに揺れていて、ロックオンは自分の身体が昂ぶっていくのを感じた。右手でティエリアの左手首を撫で、そのまま手のひらを滑らせてシャツ越しの腕を撫で上げると小振りな後頭部に添える。未だ浅いところで躊躇しているティエリアの舌先をノックするようにつついてから舌を絡め、口腔深くに招き入れた。
「んぅ、っ……」
思い切り吸い上げると硬く閉じられていたティエリアの瞼が開いて紅が覗く。驚きに満ちた表情で頭を振り、逃げようとするのを後頭部を押さえて逃がさない。
吸い上げるとちゅるっと音がしてティエリアの唾液がロックオンの口内に流れ込み、溶け合う。舌が絡み互いの唾液を纏うぬるぬると心地好い感覚を味わう。
「……っ、ふぅ……」
唇の隙間からティエリアの湿った吐息が漏れてロックオンの首筋を打つ。絡めていた舌を緩めティエリアの舌を押しやると力の抜けたそれは抵抗もなく退いていき、それを追い掛けるようにロックオンはティエリアの口腔に舌を伸ばした。
「……っ!」
容易く侵入を許してしまったことに気付いたのか、ティエリアはぎゅっと目を瞑った。上顎を一舐めしてやると忽ちティエリアの膝ががくがくと揺れ始める。二人分の唾液が混じったぬるつく液体をティエリアに注ぎ込む。途中で零れたそれがロックオンの唇の端から溢れて頬を伝い、シーツを濡らした。生温いような熱いような唾液に肌を撫でられる感触にぞくりとする。声を上げるのを抑えようと顔を歪めるティエリアにくらりとする。送り込んだ唾液をくちゅくちゅと転がしてから漸く口を離した。
「はぁ、あ……あふ……」
荒い息を繰り返しだらしなく開かれた口から飲み込まれなかった唾液がつぅと糸を引いてロックオンの顔に落ちた。噎せるほどのティエリアの匂いを感じて鼻をひくつかせる。
「形勢逆転、だな」
にこりと笑いかけると返答を聞かずにティエリアのシャツのボタンを外し始めた。



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