こどもな時間


ニルティエWebアンソロ企画「また、君に恋をする」に参加させていただきました。








ロックオンはその迫力に思わず後退った。意図したわけではない。本能がそうさせた。それほどに、常から鋭いティエリアの目はますます鋭利だった。
紅の瞳は揺れることなくじいっ、と何かを見つめている。迫力に息を呑んだ。食堂に入ろうとしたのだが、躊躇う。
かといって、食堂に愛しい人がぽつんと座っているのだから放っておけるわけもない。ドアをくぐり、ピリピリとした空気を無理矢理押し分け、張り詰めた雰囲気を壊すべく明るい声を出す。
「ティエリア」
呼んだ名前に反応して紫のストレートがさらさらと揺れた。振り返る動作の途中、光の加減できらりとレンズが光る。
「あなたですか」
ティエリアは一旦ロックオンを視界に捉えると、興味をなくしたのかテーブルに顔を向けなおした。平坦な声が無関心を装ってはいるが。
「何やってんだ。こんな所で一人で」
肩越しにひょいとテーブルを覗き込む。ティエリアの視線の先には食事が乗っていたであろうプレートがあった。今日の昼食のメニューを思い出してみる。てきとーに焼いた肉、付け合わせに野菜、スープにパン……今日もいつもと同じ、可もなく不可もなくってところだった。
「もう昼は随分過ぎたのに、いつまで食べてんだ、ティエリア。大体、もう殆ど残ってないんだからぱくっと食べちまえば……」
プレートに残っているのは、なけなしの彩りを足す目的だったのか、肉に添えられていたにんじんだけ。
「あなたには関係のないことだ」
「まぁ、そうだが」
ロックオンは隣の椅子を引き、足を組んで座った。
「なんですか」
「一人じゃ寂しいだろ。食べ終わるまでいてやるよ」
「結構です」
「そう言うなよ」
テーブルに肘をついて顎を乗せ、むすっとしているティエリアを下から眺める。悪くない。
「さっき、何見てたんだ?」
ティエリアは何も言わず、手に持ったフォークの先でにんじんをつついている。プレートの上でにんじんがころりと転がった。
「テーブル、じっと見てただろ」
「……何でもありません」
何もないわけがない。先程の不機嫌さは尋常ではなかった。
「じゃあ何で食べないんだ?」
ティエリアのにんじんを弄る手がぴたりと止まった。真っ白な頬にほんのりと僅かな朱が差す。さっきから口に運ぼうとしない。少々切り方が大振りとはいえ、たかがにんじん一切れ。ティエリアの小さな口でだって一口で食べられるだろう。
へぇ。思わぬ弱点だ。
「にんじん、嫌いなのか?」
ぴくり、とティエリアの眉が反応する。
「好き嫌いなどない」
「ふーん」
「食事など、栄養さえ摂取できれば十分だ」
「そーだよなー」
「今日の食事は十分な量があり、エネルギー、栄養バランスの両面で全く問題がない」
「あぁ」
「既に満腹感を示している。だから僕はもうこれで……」
「待てよ」
妙に饒舌なティエリアがトレイを持って立ち上がろうとするのを、肩を掴んで止めた。
「にんじんはカロチンが豊富だよな。栄養摂取のためには食べた方が良いんじゃねぇか?」
びくり、とティエリアの身体が強張る。ロックオンはティエリアの表情の変化を見逃さなかった。
「きっとヴェーダも推奨するんじゃねぇかなぁ」
「っ」
ティエリアが息を詰まらせる。少し細めた目はロックオンから逃げるように反対に向けられた。綺麗な瞳が見られないのは惜しい。ずっと見ていたい。
「俺も食べた方が良いと思うぜ」
「あなたも……?」
ちらり、とティエリアが瞳だけを動かしてロックオンを見た。少しだけ赤い頬に、泣きだしそうにひそめられた眉。それを耐えるために瞼が震え、長い睫毛が微かに揺れている。うっすらと潤んだ瞳がおそるおそるロックオンを見る。
……ホント、食堂に俺以外いなくて良かった。
ロックオンは内心安堵し、外面ではにこりと笑みを作った。
「あぁ。食べた方が良いんじゃないか?」
にんじん一切れなど残せばいいだろうに、たかがそんなことにティエリアは生真面目だ。可愛い、などと言えば張り倒されるだろうから言わないでおこう。残すのは勿体ない、とか思ってるんだろうか。
ティエリアの持つフォークの先がつぷり、とにんじんの表面に刺さる。切っ先がゆっくり、ゆっくりと内部に侵入していく。
「う……」
ティエリアは泣きそうな声を漏らした。じわじわと焦れったい程の速度で進むそれ。ロックオンはもどかしくなってティエリアの耳元で囁いた。
「食べないならキスはお預け」
「え……?」
ティエリアのぷっくりとした薄桃の唇をするりと人差し指でなぞる。弾力のある肌がロックオンの指を押し返す。指先でくすぐるようにしてやると、ティエリアの柔らかな唇が切なげに震えた。
「それとこれに、どんな関係が……?」
「いけない子にはお仕置きしないといけないからな」
ロックオンの言葉に覚悟を決めたのか、ティエリアはそれを一気に、勢い良く最後まで突き刺した。
「あ……」
ティエリアが小さく息を零した。刺した拍子に、大きめだったにんじんはぱかりと二切れに割れていた。
「あなたのせいだ……」
「何が俺のせい?」
ティエリアがロックオンを睨み付ける。
「これ」
フォークの先で二つになったにんじんを示した。
「増えた」
「量は変わってないだろ」
ティエリアは俯き、ふるふると肩を震わせている。どれだけこいつはにんじんが嫌いなんだろうか、と半ば呆れつつ、半ば微笑ましく思いつつ、ロックオンはティエリアの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「わかったから、泣くなよ。俺が半分食べてやるから」
小学生だってこんなににんじんを嫌わないんじゃなかろうか。変なところで子供っぽいのが可笑しくてくすと笑った。
「……笑わないでください。嫌いなわけじゃ、ない」
「は?」
「味が僕の口に合わないだけだ」
「要は嫌いってことだろそれ。屁理屈言うなよ」
ティエリアらしからぬ未熟な反論を聞き流し、ロックオンは二つに分かれた片割れを指で摘んで口に入れた。噛むとにんじん特有の甘みが広がる。とりたてて変わった味ではない。
「これの何が嫌いなんだか」
「嫌いではない!」
むきになってティエリアが声を荒げた。
「それなら」
ロックオンはティエリアの手からフォークを取り上げた。ティエリアが小さく非難の声を上げるが、無視してずぷりとにんじんに刺す。
「ほら」
目の前に差し出すと、ティエリアは逃げるように背を反らした。だが椅子の背もたれがあるから逃げられるわけもなく、身じろぎしただけで抵抗は終わる。
フォークに刺したにんじんの端で唇に触れると、ティエリアは僅かに舌を出した。赤い舌がちろちろと表面を舐めて、すぐに引っ込んだ。ティエリアは渋い表情。
「あのなぁ、飲み込んじまえばすぐだろ。ほーら」
ティエリアの顎を左手で掴み、顔を近付ける。
「口、開けて」
子供をあやすように促す。親指で下唇を撫でると、ティエリアはぎゅっと目を瞑り、薄く口を開けた。赤く艶やかな口内が見え隠れする様子に見惚れそうになり、頭を振って思考を改める。
「あーん」
そうしてようやく開いた口ににんじんを入れる。ティエリアの歯がフォークにかつんと当たり、にんじんを抜き取るのがわかった。フォークを引き出すと、その先にあったにんじんはもうない。
ティエリアはもぐもぐと二、三回だけ咀嚼した。白い喉元がごくりと動く。はぁっ、と長い息を吐き出した。細い指が口元を拭っている。頬をさらりと撫でてやる。
「よくできました」
「……ロックオン」
「ん? なんだ?」
ティエリアが正面からロックオンを見つめている。その顔は真っ赤だ。
「あ、の……」
「ん、あぁ、そうだな。ちゃんとできた子にはご褒美」
すうっと顔を近付ける。ティエリアの瞼が閉じて、瞳が見えなくなる。綺麗な目が見えないのは残念だが、その代わり。
「ん……」
唇が触れ合う。
しばらく甘い唇を堪能しよう。



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