historia


ニルティエ
事後につき注意






その日は珍しく、ロックオンよりも先に目を覚ました。
隣で寝ている彼を起こさないように慎重に身を起こす。シーツに温まっていない空気を入れてしまわないように浅い角度で上体を起こし、するりと抜け出た。彼と壁の間に挟まれていてサイドからは出られない。足元まで四つ足で這っていき、ベッドを軋ませないように、足音を立てないように、そっと床におりた。
昨晩の名残で何も纏っていない身体が肌寒いし、恥ずかしい。椅子に掛けてあったバスローブを肩から軽く羽織る。
振り返れば呼吸とともにゆったりと肩を揺らすロックオンの、半ばシーツに覆われた大きな背中がある。目を細めながらじっくり眺めるとその背中には点々と紅い痕がついていた。
「あ……」
昨晩、交わったときに立ててしまった爪の痕だ。あまりに強い快感から逃れようと必死にしがみつき、爪を立ててしまった。うっすらと血の滲んでいるものさえある。
羞恥と、申し訳なさと。
自分はそこまで乱れてしまったのかと顔を赤らめ、痛い思いをさせてしまったとうなだれた。
ベッドサイドに膝をついて座る。自分のつけてしまった傷を一つずつ辿るように、顕になっている肌にそっと指を這わせた。
「ん……」
ロックオンが小さく身じろぎした。慌てて指を離す。しかし反応はそれだけで、目を覚ます気配はない。
もう一度、指先で触れる。よく見れば古傷もたくさんあった。大きなものも小さなものもたくさんある。辿っていく。
いつ付いたものなのだろう。ミッション中? 訓練中? それとももっと前?
何も知らない。
でも、これは知っている。自分が刻んだ傷痕だ。昨晩、爪を立てて。
紅いそれを、ちろちろと舐める。一つずつ丁寧に労るように舐めた。
「っ…てぃえ、りあ……?」
「起こしてしまいましたか?」
寝呆けた響きのテノールに、くすりと笑う。彼のこんな姿は珍しい。
「いや、構わねぇが……何してんだ、お前さん」
首だけで振り返った翡翠と紅玉が出会う。
「消毒、だ。貴方を傷付けてしまった」
謝罪の響きを帯びたそれに、ロックオンは僅かに眉を寄せた。
「いいんだよ、それくらい。大して痛くないし、嬉しい」
ごろりと寝返りを打ってティエリアの方を向いた。見えなくなった背中が少し寂しい。
「嬉しい?」
「気持ち良かったんだろ?」
からかうような口調にかあっと顔が熱くなる。
「……茶化すな」
力なく詰る。伸ばされた手に腕を掴まれて引っ張られれば逆らえる訳もなくベッドに逆戻り。彼の腕の中にすっぽりとおさまる。
厚い胸に額を擦り付けると頭をやんわりと抱かれた。その胸にも、傷痕がある。
「……ティエリア?」
静かすぎるティエリアに違和感を持ったのか、ロックオンが怪訝そうな声を出した。
「何でもない」
ロックオンの背に腕を回し、広い背中を掠めるように手のひらで撫でる。ロックオンは気持ち良さそうに目を閉じた。
指先に感じられる微かな凹凸は傷痕だろう。これらが彼を作ってきた。彼そのものでもある。
自分の知らない過去を辿りたいと思うのは傲慢に違いない。知らぬ間に生まれていた独占欲に、胸の裡で小さく苦笑する。
その代わり、もっと爪を立ててやろう。恥ずかしく啼かされる代わりに、傷を刻んでやる。この背中に僕が貴方といた証を。

ぎゅうと強く抱き締めればそれよりも強い力で抱き返された。心地好い拘束に再び意識を手放し、想像の過去の世界に旅立つ。



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