甘え下手


ニルティエ






プトレマイオス、食堂。
ティエリアは一つ、大きく欠伸をした。手で隠したものの、見られてしまったらしい。
「眠いのか?」
ロックオンに呼び掛けられた。
「いや……」
はぐらかそうとしたが、溢れた涙は誤魔化せない。
「少し、眠りが浅いらしい」
「悩み事なら、今晩でも部屋に来いよ」
ひらひらと手を振って、去っていくロックオンの背中を見送る。



「来たのか」
部屋に向かったティエリアを、ロックオンの温かな笑顔が迎え入れた。
「んで? 俺とした後はぐっすり寝てるよなー」
「ふ、ざけるな」
そこにあった枕をロックオンに投げつける。
「おっと」
ロックオンは勢いよく飛んできた枕を受けとめた。
「冗談だよ。顔、怖いぜ?」
ティエリアは頬をむにっと引っ張られた。
「っ、いたいれす」
抗議の声も笑って流される。ロックオンはすぐに手を放した。
「んー、ホントに寝れないならやってから寝たって俺は構わないが」
「……一昨日も、したばかりでしょう」
ティエリアはロックオンと目が合うのはいたたまれず、床を見つめた。頬が熱い。
「そうだよな。マイスターの大事な体を壊すわけにもいかないし」
ロックオンはティエリアを抱き寄せ、細い腰のラインをさらりと撫でた。反射的にティエリアの体が強ばる。
「触るな!」
ぱち、と乾いた音がして、ティエリアがロックオンの手を払い落とした。
「悪いな、思わず」
ロックオンは両手を持ち上げて降参の姿勢。真面目な顔に戻ってベッドに座った。
「なんか心当たりはないのか?」
ようやくまともに話ができる。ティエリアもロックオンの左隣に座って首を傾げた。
「運動量は今まで通りだ。栄養バランスにも変化はない。体調が急激に変化したわけでもなく、体温等も特に問題のある数値を示しているわけではない」
淡々と事実を告げた。しかし、ロックオンは呆れた、と言ってため息を吐いた。
「寝れない、ってのは精神面が影響してることが多い。ストレスや不安なんかだ」
「特にない」
「だよなぁ、ティエリアはいつだって仏頂面で、悩みばっかりですって顔してるからな。今に始まったことじゃない」
ふざけた調子で言って、ロックオンは笑った。だがティエリアは勘違いされているのではないかと気になった。そう思われているのだろうか。こうやって隣にいる時にも不機嫌だと?
「僕は、そんなに不機嫌に見えるのか……?」
「いーや。いつも可愛い。深く考えるなよ」
ロックオンの大きな手がティエリアの肩を抱き寄せる。されるがままに寄り掛かると、服越しに伝わってくる熱が心地よくて、睡魔が襲ってくる。
「ふゎ……」
知らず、欠伸が出る。
「ん? 眠いのか? ここで寝るか?」
「い、や。平気だ」
ぴしゃ、と頬を軽く叩けば意識が覚醒する。
「こんなことで我慢するなよ。俺のことなんかクッションかなんかだと思って寝ればいい」
ロックオンがティエリアの眼鏡を外した。
「返せ」
「やだね」
眼鏡を持つ手を伸ばして宙に上げると、ティエリアがそれを追う。座ったままでは体格の良いロックオンの持つ眼鏡に追い付けず、腰を浮かせた。
ロックオンの手はティエリアを避けるように動く。
「返、せっ」
「だーめ……あ」
はたとロックオンの動きが止まった。つられてティエリアも止まり、腰を落ち着けた。
「ひょっとして、クッション、じゃねぇか?」
「クッション?」
ロックオンの言う意味がわからず、同じ言葉を返す。
「クッションてか、枕。この間、トレミー全体の備品点検があって、枕なんかも全部新しいのになっただろ」
「それが何か」
「枕が違うと眠れない、って奴が時々いる」
「そうなのか?」
新鮮な驚きに目を丸くする。
「いるらしいぜ」
「そんな単純なことで……?」
「単純だからじゃねぇか? でも前の枕なんかとっくに捨てちまってるだろうし」
うーん、とロックオンは腕を組んだ。しばらくして何かを思いついたのか、満面の笑みを浮かべた。
「新しい枕、試してみるか?」
「そんなものがどこに」
「ここ」
肩に腕を回されて引かれた。二人揃ってベッドに倒れこむ。みしり、とベッドが軋む音がし、スプリングが跳ねる。
頭に、当たるものがある。
「どういうことだ」
「腕枕」
右に寝返りを打つとロックオンの顔が間近にある。ティエリアの額にぱらぱらと落ちてきた前髪を、ロックオンは指先で除けた。
「俺は捨てられたりしないから、一度慣れれば寝やすくなるかもしれないぜ……あ、お前はマイスター失格だ!って言って追い出される可能性がないわけじゃないけどな」
はは、と笑ったロックオンの息がまともに感じられてこそばゆい。
「……あなたの部屋に来ないと眠れなくなるじゃないか」
「俺がお前の部屋に行ったっていいぜ」
向けられる笑顔が優しくて、ティエリアはくすと笑った。
「お、笑った。珍しいな」
「面白いことがあれば僕だって笑う」
「何か言ったっけ」
「あなたは愚かだ」
「えぇっ。ここでその台詞ですか、ティエリアさん」
「そうだ、ロックオン・ストラトス。ずっとこうやって一緒に寝られるわけがないだろう」
「どうだかな。枕と違って俺はいなくならない。ずっと、お前の隣にいる」
その言葉が嬉しくて、思わずロックオンの逞しい体にぎゅうと抱きついた。二の腕に頭を預け、ロックオンの厚い胸に顔を埋める。息をいっぱいに吸い込むと、ロックオンに満たされていく。
「今日はやけに積極的だな。おにーさんは襲っちゃいそうです」
「寝る。枕が喋るな」
「はいはい」
ぽんぽん、とロックオンがあやすようにティエリアの背中を撫でる。
「小さいことで悩まずに頼れよ。そういうことで甘えたって誰も怒らないぜ」
「……うるさい」
顔を真っ赤にしたティエリアはそれだけ言うと、目を閉じた。
「良い夢見ろよ」
ロックオンが囁く。
「枕が硬いから無理だ」
「……辛辣だな」
すぅ、とティエリアの静かな寝息が聞こえ始める。
「……ろっく、おん……」
むにゃ、と紡がれた寝言が自分の名前を作った時、ロックオンはやすらかに眠るティエリアにそっと毛布を掛けた。



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