縦軸に点在する国境
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かつてガリガリくんのいない日々など、私には微塵も想像がつかなかった。
湯あがりにほのかに染まった手に鮮やかな水色の彼。そう、味はソーダ一択である。他は無い。
かじかじと食んでいるうち、入浴でほぐれた肩にぴりぴりとした不快感が戻ってくる。
それでもガリガリくんを拒むことは、もはや信仰を捨てるに等しい大罪そのもの。
当時は家計簿においてもガリガリくんを食費に計上していた。ガリガリくんはアイスじゃない。一人暮らしの我が家ではガリガリくんは一般的な日本人にとっての米に値する。

今やその習慣はもろくも崩れ去った。
理由のひとつとして、箱で買える店がほんの少し遠くなったことが挙げられる。
また、何故か腹痛が続く時期があり、なおガリガリくんだけはと限界まで彼の地位を死守したものの、腸の粘膜には勝てなかった。より正確に言うと怒声まじりのドクターストップが入った。
泣く泣く無くしたガリガリくん。
ごめんよ。まだ私にはあなたを買える場所がなくもないんだ。こんなに嬉しいことはない。でも、でも今は……分かってくれるよね。ガリガリくんには……いつでも会いにいけるから……。
いわばアムロとララァのような私たちだった。

結論から言うと、ガリガリくんとの邂逅は延期に延期を重ねている。
そしてカップ式のチョコミントアイスを溺愛してる現在。
浮気なんかじゃないと否認したら嘘になる。
コストパフォーマンスは箱いりガリガリくんより遥かによろしくない。
その上、カロリーにも圧倒的な差がある。
だが、それは責めようがないじゃないか。
チョコとミントのふたつの味があわさっているのだから、そのぶん何ごとも増してしまうのは、どうしようもないことではないか。

幼少のみぎり、チョコミントアイスはそこはかとなく大人の味としてあこがれの対象であった。
一抹の迷いもなくチョコレート味を注文せんとする私の横で「チョコミントアイスにしよっかな」とまったく気負いもてらいもなく言い放つ友人の、なんとまぶしかったことか。
チョコミントアイスのあの日常ではちょっと見かけない色あいだとか、実際に食べてみてまっさきに口に広がるさわやかさだとか、まだ私にとってその時ではない、と思わせる何かが厳然として横たわっていた。
この他に、わさびを抜いていないお寿司、ブラックコーヒー、生野菜のサラダ、600円代のマンガ本、大宮駅より先のどこか、ひとりで映画館、特に用件のない電話、徹夜、などなどが、大人の世界というもののぼんやりとした輪郭をかたちづくっていた。
クリームソーダは子どもだけで食べるものではないという漠然とした意識もあった。大人につれられて言ったレストランで許可を得ていただくもの。
今や単身でのチョコミントアイスや寿司は可能でも、どうも一人でのクリームソーダというのはあってはいけないことのような気がする。いや、他人がやるぶんにはもちろん構わないのだが、私の人生においてそれは背徳だ。が、クリームが乗っていなければ許容できるようにも思う。それはもはやクリームソーダではないから。たとえサクランボが浮かんでいようと違うから。

自分で勝手に築いたあの柵を飛びこえたのは、はたしていつだっただろうか。
チョコミントアイスとストレートティーをかたわらに、ハードカバーの本を読みつつ夜ふかしを楽しむ。夕食は野菜たっぷりのスープだった。
チョコミントアイスを食べながらだらだらと電話もする。大宮とは反対方向の、ずっとずっと遠いところへ出かける予定がそこから派生する。
映画館どころか海外にだって一人で行くこともある。
でも、反面、遠路はおっくうだったり、体力的に徹夜は避けたかったり、映画は数ヶ月以内にDVDになるなと計算してしまったり、チョコミントアイスは誰かと肩を並べて注文するものではなくコンビニで買ってくるものになった。
それで何も不満はない。
けど、大人の世界はどうも自由すぎるなと、ごくごくたまに落胆する。
もちろん個人差もあろう。
たとえば「ソースの味って男の子だよな」といった発想力は私にはない。
こういうセリフが浮かぶ人は年齢に関係ない何かを持っているのだろう。
きっと子どものころから世界や将来を、私とはまったく異なる目で見つめてきたのだろう。

ガリガリくんとの復縁は、私に何をもたらすだろうか。
それとも何も起こらないのだろうか。
たぶん、後者だ。
そして私はチョコミントもあきらめず、レジの前にアイスの山をつくりだす。
ガリガリくんはいつでも出会ったころに立ちもどれる腹心の幼なじみ、チョコミントは社会人になっても友達ができることの確たる証。
どちらも捨てない私は欲ばり。
そういえばダイエットも大人が必ずやることだと思っていた気がするが、どうやら完全な夢まぼろしだった様だ。経験が教えてくれている。やらないこともないが、やりきることも少ないのだと。ともかくも、せめてガリガリくんとチョコミントアイスに潔くさようならを告げない限りは。

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