ハインソオル
150517 2137



不肖わたくしめ、この世に生を受けてからというもの、靴とのご縁がよろしかったためしなど一度か二度あったかどうか。
親指の足の血豆を見おろして、ため息なんかをついてみる。
そうでなければ身体をひねり、かかとのすり傷の治りぐあいをじっくり窺う。
どんなに綿密に、納得のいくまで試着をしようとも、いざ日常となると途端に相性が悪化する。それはもう、劇的なまでに。
死ぬまでに絶対やりたいことのひとつに、エルサレムへの巡礼と並べて靴のオーダーメイドを高々と掲げてみせる。この際、金に糸目はつけません。そう断言できるようにもなりたい。
それくらい我が足と市販の靴はとんとご縁に恵まれない。

原因は成長の過程で様々に変遷してきた。と思う。
たとえば、バレエを始めて甲を高くするストレッチをしたから。
たとえば、ハイヒールにあこがれてちょっと無理をし、外反母趾らしきものをこしらえたこら。
たとえば、左足に化膿性肉芽腫を患って、最終的に手術で爪を剥ぎとり、バランスが崩れたから。
たとえば、生まれつき足の指の形が美しくないから。
総合して、現在のところ、私の足は甲高、かつ幅広。
サイズは23センチだけど歩き方によってはかかとが抜けてしまう。
サボでさえ足を痛めることがある。素足でなんてとんでもない。生来、両足の小指がぷっくりふくらんでいるので、あたり続けると大惨事になる。
今年はもうサンダルをあきらめた。幅広ゆえ、はみでるのだから格好がつかないのである。

そんな私ですが、靴は好きなのです。
靴と脚は外界へ踏み出す一歩の象徴。
それを厭うことなど何故、どうして出来ようか。
この二律背反、常から苦悩と憧憬、煩悶と感傷に捕らわれ、肉体と精神のすれ違いに唇をかむ。

ふいに解決の光がひとすじ。
シューストレッチャーなるものが存在するとか。
救済の予感にうながされるまま、即座に注文した。迷う理由など微塵たりとも持ち得ない。
併用すると効果的と評価の高いミストも購入。
文字どおりの新たなステップである。

商品の到着をそわそわと待ちわびる間、昨日よりもさらに黒ずんでいる傷めた親指、そこからいびつな弧を描いた先で遠慮がちに突き出る骨を、意識していた。何とはなしに、これまでにないほど。
靴とあわなかった証、あわない理屈。
シューストレッチャーの需要。成功例。失敗談。
人間は、自分にどうしてもそぐわないものを、どうにかして仲よくさせる術を、いつの時代も生み出してきたのだろう。
発明には必要性こそまず何よりも必要で、必要性は不便だとか不可能だと思われることの落胆に端を発する。
快適さよりも先にまず平均的に順応すること、広い許容の範囲を目指して、工夫や発想がはじまる。
心地よい、楽ちん、という、いわば贅沢なところがそこに次ぐ。
まず最初に裸足は危険だ、怪我をする。
足を覆うべきだ。
季節によって素材は変えよう。冬の寒さに堪えられるように、夏の暑さでも苦にならないように。
あの動物の皮は重いけど丈夫、完成までこれくらいの日にちが掛かるから、狩りをするならひとつ前の季節に。でも動物の毛並みだって一律ではない、見分ける目を持っていないと分からない。それまではもうちょっと簡単な素材で、ただし耐久性は落ちるけれども仕方がない。無いよりはいい、無いわけにはいかない。
親から子へ、人から人へ、個々で作る技術を伝えていかなければ。
だが、専門家がいれば手間が省けるのではないか。
皮なめしは臭うし、それに携わる人間は川沿いで集団になってやればいい。
そこから一気にはしょって大量生産となり、個人にあわない靴も同時にたくさん世に出まわることになる。
極端なことを言うと、恐らく市販のすべての靴は誰の足にもあわない。折りあいの付け方を人が知った、あるいは妥協しているだけで、実際には完全な運まかせ。
そして私のような人間が敗北を重ね苦闘した末に、シューストレッチャーなる物体の情報を得て、目から鱗がつま先へと落ちていく。

シンデレラは何故よりにもよって靴を放置していったのか。
物語の展開上、脱げてしまった靴を拾う暇もあらばこそといった風にとにかく急がなければならないことの描写でもあるだろう。
だが、それだけでなく、靴ほど人を選ぶものは、身につけるものの中では他にちょっとない、という事情もあったのではないだろうか。
このおとぎ話が紡がれた時代、すでに、靴は必須なのにどうにも難儀なものだったとすれば、筋は通る気がする。
義理の姉妹がわざわざ足の肉をけずったが、それでも靴はあわなかった。
寓話として、あれはサイズの問題ではない。
シンデレラの幸せはシンデレラにしか適用されない。
シンデレラの未来を、他の誰もかわりに得ることはできない。
シンデレラのそれまでの歩みがその足をかたちづくったのだから。

ガラスという、靴としてはとてもとても考え難い素材をあてはめていることにも、きちんとした理由があるだろう。
何人もの女性が無理やりに試しても、お城の人がふかふかの座布団の上に鎮座させて石畳を延々と巡回をしても、うっかり割れたりすることは決してない。
あのガラスの靴をこっぱみじんに出来る人がいるとすれば、それはやはりシンデレラその人でしかないのだろう。
王子さまでも、恐らく魔法使いでさえ、もはや無力だ。
片方の靴でも歩いていける、その強さもシンデレラだけのもの。
やがてもう片方とかかとをそろえて、毅然と彼女は立つ。

本当は足なんかよりもっと大事な、もっと早くに、解くべき問題が山ほどあるはずなのだけれど、そうは言ってもかわいい靴をすんなりはいて踊るように歩きたいじゃないか。
と勝手に結論づけたところで、シューストレッチャーも無事に到着したことだし、うきうきと試してみる頃あい。
はじめてのシューストレッチャーを手にして簡易的に職人の気分。
生きているあいだの、もろもろのことは、こうした道具でどうこうできやしない。ずっと泥くさく、どこまでも生々しくやるしかない。
それは承知の上なのだ。
だが、いや、だからこそ、ちょっとだけ足がうらやましい。

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