星の器 | ナノ


▽ 07

儀式まで3日を切り、準備も大詰めに入っていた。祭祀長が自ら指示に入り、祭具や人員の配置を確認していく。いつにも増して盛大な春の祭典に神殿側は心血を注いでいた。

「アルマ」
幼い男の子が祭祀長を呼び止めると、先ほどまで指示を飛ばしていた厳しい表情が綻んだ。「ギルガメッシュ王。ちょうど儀式の確認をしたかったのです。こちらへは何か御用がありましたか?」
「はい、貴方と話したくて。」
彼女は嬉しそうに、左様でしたか、と言うと部下にいくつか指示をして切り上げた。
「今お邪魔しても良かったですか?」
「はい。忙しい陛下にわざわざ来て頂いているのです。儀式の準備も滞りありません。」
「さすが貴方だ。」
祭祀長は話しながら彼の目が泳ぎ、誰かを探しているのに気付いた。「…今日は儀式の段取りが終わったら、様子を見にいかれますか?」
「ええ、そうします。」

アルマはギルガメッシュの後ろ姿をじっと見つめた。このときから彼女は心のなかに湧いたもやもやに意識を持っていかれて、彼が何かに違和感を感じて一瞬表情を変えたことに気付かなかった。

王専用の客間に案内し、乾燥したライムを湯に溶かしてお茶を作る。
「…名前は神官や女官たちと一緒に作業を手伝ってくれています。丁寧な仕事ぶりで他の女官から褒められていましたよ」
「それは良かった。ちなみに儀式のときはどんな手伝いを名前はするのですか?」
「神を讃える聖歌隊に加わって頂く予定です。何かお望みがありまして?」
からかうように言う。「陛下がお望みなら。聖婚の儀式に女神役で出て頂いてもいいのですよ」

聖婚。10日目の夜に行われる儀式で、羊の群れや農耕地に多産と豊穣をもたらすためにマルドゥク神と豊穣の女神との結婚を再現する。

「いいえ、そんな。僕はまだ幼いので代理の方にやって頂いていますし、貴方の方が女神役にふさわしいでしょう。」
さわやかな茶でのどを潤しながら、おだやかに応じた。
そういえば、と祭祀長は尋ねた。
「…名前は愛らしい子だと思いますが、陛下はこれまでどの女性にも関心を払われませんでした。どこをお気に召されたのですか?」
ギルガメッシュは静かに視線を落とした。お茶の水面をながめて、彼女の面影を思い出すように微笑む。
「そんなふうに聞かれると答えにくいですね…。こんな話をすると怯えさせてしまうと思いますが、僕に未来視の力があることは貴方も知っているでしょう。」
視線を上げて祭祀長のほうをじっと見た。
「前から僕は、目の前にいる人の死ぬ時の姿が見えてしまうんです。昔はとにかく怖くて、人が近づくと泣いていました。貴方にも迷惑をかけたんじゃないでしょうか。
 さすがにもう泣きはしませんが、それに怯えて、今まで人に近づきたくなかったなんて……笑っちゃうでしょう?」
祭祀長は驚いて彼を見た。そして彼の瞳に自分の姿が見えて肩が震えた。
「…大丈夫です。あなたが死ぬのはもう少し先だ」
死について語る彼は平然としている。

「その…その話と彼女に何の関係が」
「名前には不思議なことに“それ”が見えないんです。彼女は、本当にどこか遠くから来たのかもしれない。それで気に入ってそばに置いたんです。」
「なるほど…」
祭祀長は次の言葉が続かず、静かになってしまった。
「大丈夫ですか?祭祀長でも怖いものがあるんですね。」
ギルガメッシュはいたずらっぽく笑う。人間味のない雰囲気は消えていた。
「…失礼しました。突然言われたので、驚いてしまったのですよ。陛下が名前を気に入られている理由はよくわかりました。
陛下、つかぬことをお聞きしますが、誰の死も見えない方がいいと思ったりするのですか?」
「……いいえ。この力も役に立つことはたくさんあります。
 でも、名前だけは。
 だからこそ、彼女を何が何でも大事にしたいと思います。」

彼は立ち上がって、そろそろ行きましょう、と言う。
祭祀長は 穏やかに、ええ、と言った。



祭祀長はギルガメッシュを女官達が作業している場所に案内し、自分は仕事に戻っていく。彼はしばらくその姿を見ていたが、名前の声が聞こえて意識がそちらに向かった。
 目が会うと嬉しそうに彼女は手を振ってくる。周りにいる神官や女官に気を遣いながら。しばらく見ていると、仕事に区切りがついたのか名前が近寄って来た。

「久しぶりだね。ギルも儀式の準備にきたの?」
「うん、そんなところ。…名前、祭祀長とは話した?」
「うん。初めにあいさつして、出会うたびに仕事を褒めてくださるよ」
名前は慣れない作業に疲労を見せず、むしろ仕事があるということに楽しさを感じているようだった。「厳しいけど優しい方だね。ギルのことすごく大事にしてると思ったよ。」
そうだね、僕を最初に世話をしてくれた人だから母親みたいな人だよ。
ギルガメッシュは穏やかにそう言いながら、語尾が暗かった。
そして彼はふと思い立ったように「名前、困った時に信頼できそうな人はいる?」と聞いた。
どうして?という顔を名前がすると、彼は「だって儀式には不安がつきものでしょ」と返した。
名前は少し考えて、「ニンスン様の神官長さんかな」と言った。

「考え方が柔らかい人だった。あの人は相談にのってくれそう」
「うん、彼女なら信頼してもいいよ」

ギルガメッシュは意味深に断言した。
彼女の身体に隠れて、王に気付いていない女官が「名前様!」と呼ぶ。少し離れがたそうに名前は彼をみつめると、自分からぎゅっと抱きしめた。
「…大丈夫。頑張るからね。」


名前が仕事に戻っていくのを見送る。そして考える。
――祭祀長アルマ。彼女の死際は、以前と変わっていた。
変化したということは、名前が何らかの関わりを持つのか。

「…少し、警戒した方が良さそうだ。」

ギルガメッシュは祭祀長に使いを出す。
『今年の春の祭典は一切代理を立てず、自分が王として参加する』と。

だが奇しくも同じタイミングで、
『名前は大切な儀式に参加するため禊(みそぎ)を行う。儀式終了まで男性と関わってはならない。神殿の外にも出られないことを了解してほしい。』
という連絡を、祭祀長から受け取ったのだった。





主人公は遥か未来から現れたので、ギルの目に死相が見えません。
そして彼女はこの時代のイレギュラーな存在なので、関わった人物の未来を変える可能性があります。


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