▽ <6章>

<6章>

正史のワルシャワはポーランドの首都で、政治・経済・交通の要衝である。中世の古城や町並みを残すワルシャワ歴史地区は世界遺産に登録されている。
しかし大戦中にワルシャワの8割は消失した。戦後、市民の努力によって街全体が戦前の姿に丸ごと復活した奇跡の都市である。


「ポーランド最大の都市、ワルシャワだ。復興を遂げているとは思えないな」
「ワルシャワ…」
聞いたことのある地名だ。きっと正史であれば大きな都市なんだろう。街に入るとき、がらんどうになった建物や古い城壁がむき出しになっていて、その色々なところに落書きがされていた。
「街では情報収拾のために現地人と交流するぞ。みんな気をつけてくれ」

瓦礫を通り過ぎると、歩いている人やお店があってホっとした。賑やかで人の多い通りを歩く。新しくはないが手入れのされた店構えの宿を見つけ、エミヤが店主に交渉をした。
「旅の途中で窃盗にあってしまい、無一文なんだ。働く代わりに、すまないが一晩泊めて頂けないだろうか」
宿主は裕福な身なりでは無かったが、人の良さそうな老人だった。年の若い私たちを見て気の毒に思ったのか、どうぞ、と言ってくれた。
「ちょうど従業員が休暇を取って、人手不足だったんだ。大したもてなしはできないが、風呂もかしてやろう。近くに甥っ子の経営するレストランがあるから、そこも手伝って貰うがいいかね?」
「もちろんです」
ベットが2つずつある部屋を2つかしてくれた。宿には他の部屋もあって、泊まっている客がいるようだ。
「エミヤさん、身分証明書も盗られたんだったら市役所に行ってはどうかね」
「ええ、そうですね。今日はお手伝いをさせて貰って、明日行ってきます」

私とアレクがシャワーを使わせて貰った後、宿の掃除を手伝わせてもらう。私と彼が階段を拭いていると、他の客だろうか、数人の男たちが宿の中に入ってきた。
「…見慣れない顔だな。おじいさん、新しい従業員の子かい?」
「いいや、お客さんだけど、掃除をやってくれるっていうんでね」
「まぁいいが、俺たちの部屋には入れないでくれよ。勝手に弄られちゃ困るからな」

その男たちがバタン、と扉を閉める。おじいさんがすまないねえ、と言ってくれた。
「あのお客さんたちは悪い人じゃないんだが、よそ者には厳しいんだ。
 掃除をしてくれたおかげで、だいぶ綺麗になったよ。ここはもう良いから、隣の隣にあるレストランでまかないを食べておいで。お嬢ちゃんたちの話はしてあるから」


レストランは通りに面しており、地元の人が多く集まる大衆食堂のようだった。店主が私たちを見つけると、にっこりと微笑んで、奥の席に案内してくれた。
少し待っていると、具がたくさん入った赤いスープと黒いパン、茹でたソーセージが出てきた。
「ボルシチだ!僕、大好きなんだ」
アレクが嬉しそうに口に運ぶ。満足した顔を見て、私も口に含む。煮物料理を食べるのは久しぶりだ。溶け込んだ野菜や豚の脂が甘く、香草が後味をしめてくれる。黒っぽいパンは弾力があって、噛み締めて味わった。
「あなたのお父さん、とっても料理が上手ね。店長がずっと働いて欲しいって言ってたわよ」
店主の奥さんらしい女性がそう言ってくれた。ソーセージも火傷しそうなぐらい熱くて皮がパリっとしていた。暖かい食べ物にありつけたことで、気持ちが緩む。向こうでエレナさんがお客さんに給仕しており、目があうとウィンクをしてくれた。


食べ終えた後、アレクは厨房でお皿洗い、私はエレナさんと一緒に給仕を手伝う。夕方になるとお客さんが増え、給仕をしながら客の会話に耳を傾けた。

「…でさ、今度の取引では…に売り込もうと思ってるんだ」
「だが警察がはってたら…じゃないか」

もっとよく聞きたいと思い、近くを通り過ぎるふりをしたら、会話をしていた男たちが私に気づいた。
「おい、昼間の嬢ちゃんじゃないか。ここでも働いてるのかい」
「…はい。何か注文があれば言ってください。」
「つれないねえ。なあ、さっきから俺たちの席の近くをうろついてたのは、会話を盗み聞きしようっていう魂胆じゃあないよな」
内心焦ったが、むっとした表情で怒ったように立ち去った。
そのあと給仕で何回か男たちのテーブルに行ったが、そのとき冷静に観察して、男たちの手首に傷があるのが見えた。明らかにこの男たちは怪しい。


厨房に行き、運良く休憩を取っていたエミヤに伝えることができた。
「なるほど。あとで彼らを調べよう。だが立香、焦るなよ」
もう遅い時間になっていたので、エミヤは店主に私とアレクについて返して良いか相談をしてくれた。
店主は、「そうか、お客さんが今晩はたくさん注文をするから時間を忘れていたよ」と笑顔で、明日の朝に食べるパンまでくれた。

宿に戻り、アレクとは部屋に入って別れる。宿主のおじいさんはもう眠ってしまったのか、店番にいない。
…誰の気配もない。今がチャンスだ。

男たちがまだ帰ってきていないのを確認して、静かに部屋に忍び込んだ。
部屋の作りは似ているが、部屋は男性らしい匂いがする。男たちは長い間泊まっているのだろうか。ベットの近くの机にはカバンがあり、中に入っている書類の文字は全く読めない。

カチャ、と拳銃の安全装置を外す音がした。

「――そこまでだ。何をさがしているのか分かんねえが、自分の宿にあぶないものなんか置いたりしねえ」

部屋に戻ってきた男たちに取り囲まれ、立香は手を挙げた。





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