▽ <4章>

<4章>

(ナージャ・サヴィツカヤ、当時12歳)
わが国が解放されてから、兄が戦死したことを知りました。お母さんはあんまり泣いたので視覚障害者(原文は盲)になってしまいました。私たちは村はずれのドイツ軍の待避壕(たいひごう)に住んでいました。村はすっかり焼けてしまって、古い小屋も、新しい家のための丸太も燃えてしまいました。なに一つ焼け残ったものはなく、森の中で兵士のヘルメットを見つけて、それで煮炊きをしました。森の中に木イチゴやキノコをとりにいくのがこわかった。ドイツ軍の軍用犬がたくさん残っていて、人々に襲いかかり、小さな子供達を喰いちぎったんです。犬は人間の肉を、人間の血を覚えさせられていました。私たちが森に行く時は、大きなグループになって行くんです。母親たちは、森の中を行く時は大きな声をあげていくように教えました。そうすれば犬はびっくりするから。木イチゴや野イチゴを集め終わる頃には、あまりにたくさん叫んで、声がかすれて出なくなるほどだった。犬は、狼のように大きかった。人間の匂いにひかれて来るんです。

『ボタン穴から見た戦争』より抜粋
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ



アレクは眠った。
きっと久しぶりにこんなに話したんだろう、エミヤが話す一つ一つに嬉々として質問をぶつけ、笑いながら咳こむほど楽しんでいた。お父さんが死んで以来なのかもしれない。
 エレナに肩を叩かれるまで、彼のおだやかな寝顔を見ていた。


「…ここだったら万全よ」
 霊脈は洞窟から数十メートルほど行ったところにあった。手早く魔法陣を設置し、カルデアとの通信をつなぐ。「ダ・ヴィンチちゃん、マシュ、聞こえる? 立香です」
ノイズ混じりだがすぐに返ってきた。
『――立香…ゃんかい?聞こえ…たら、返事して…くれ!』
「はい!無事に現地へ到着しました。少しノイズ混じりですが、聞こえますよ」

その言葉に対し、通信の向こうからホっとしたような雰囲気が伝わってきた。
『良かった!そちらの魔力が全く感知できな…て、もしかしたら長い間通信ができないことも覚悟していたんだ。マシュなんかも…泣きながら必死になって、君の存在定義を行なって…たよ。そ…だね、マシュ?』
「マシュ…」
遠い世界で自分の安定を祈ってくれている人がいる。「ありがとう。私も、エミヤも、エレナも無事だよ」

それから、現段階でこちらの状況について分かったことを話した。

まず、一般的な大気に魔力の要素が全くないこと。鉱石などからは微弱だが調達できたこと。
第二次世界大戦は終わっているが、大戦に魔術使いが登場して、ドイツが勝利したこと。
その魔術師たちの集団が騎士団と呼ばれていること。
魔術は一般的な能力ではないが、現地人の中には素養を持った者もいること。

『……なるほど。森にひそむ男たちが銃を持ち、戦闘機を知っていたということは、第一次世界大戦程度の科学力があるということだ。
 ちなみに今君達がいるのは、2016年だとポーランドとウクライナの国境付近だ。
気になるのは、いつ歴史が変わったかということだね。それによって何が原因でこの世界が変わったか大きなヒントになる。
アレクから大戦のことを詳しく聞いたかい?』
「ああ、私が確認した」とエミヤ。
「アレクの父がソ連軍に関わっていたようでね。父親に何度も騎士団のことを聞いたそうだ。彼らが戦場に登場したのは、ソ連軍がベルリンに侵攻したときらしい。つまり大戦の末期も末期だ。
そのとき現れた彼らは数人だったが大軍を撃破し、ドイツ帝国は息を吹き返した」

『…1945年の4月ということか。急いで何が起こったのか、観測機を使って詳しく調べるね。
 立香ちゃん、これから話すことを冷静に聞いてほしい。本来ならこの特異点は、消滅する運命にあった。しかし大きな力が突然生まれ、特異点が変質した。
まず騎士団とよんでいる集団について、魔力の要素が低い世界に、とつじょ魔術師の集団が現れるとは思えない。仮にあったとしても、そのあとも世界の運命が大きく変わる力をどうやって産んだのか?
これは外部から人為的な介入があった可能性が高い』
「外部からの介入…?」
はっと、思い出したものがあった。「下総国のときのように、ですか?」
下総で現れた謎の男。あの不快な笑い声を思い出して寒気がした。
『そうだ。下総国に現れたあの男の存在は謎だ。今回の特異点に関わっている可能性も高い。十分に警戒してくれ』
「はい…」

私の不安な気持ちを察してか、ダ・ヴィンチは表情を緩めた。
『立香ちゃん、まずは君の体調を整えてくれ。
 大丈夫、君には現地にいる2人だけでなく、この大天才と頼りになる後輩、カルデアの総スタッフが全力でバックアップしているんだから。』



通信が終わり、続けてエレナさんが英霊召喚の儀式を手伝ってくれた。
だが、サーヴァントは現れなかった。

「…おかしいわね。反応はあったから、この霊脈とつながっている場所のどこかに限界したと思うわ。明日は霊脈をたどって、新しい戦力を探しに行きましょう」
「うん。
…ねえ、エレナさん」
ん?とエレナさんが私の方を振り返る。

「私も眠れるまで、おしゃべりしててもいい…?」

明日からはさらに覚悟して進まなければならない。でも、まるでさっきの通信がなかったように日常の話をした。
その後、何かが抜け落ちていくように意識を失ったーー。







『ボタン穴から見た戦争』
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
(岩波現代文庫)

冒頭の文はこの本より抜粋させていただきました。この本を読んで、特異点の話を書いてみたいと思いました。
作者を知らない人も多いと思いますが、彼女は2015年にノーベル文学賞を受賞しています。『チェルノブイリの祈り』でご存知の方もいらっしゃると思います。
第二次世界大戦で最も犠牲者が多かった国は旧ソ連だそうです。なかでもベラルーシは人口の4分の1が亡くなりました。当時まだ幼かった子どもたちーーその記憶を40年ぶりに掘り起こし、101人の証言を集めたのがこの本です。
私も何度か戦争体験の話を聞いたことがありますが、戦争当時に子どもだった人は、はっきりとその当時のことを覚えています。大人だった人が記憶の中から消してしまったこと、消したかったことーーそれを思い出してもらい、証言を載せたこの本はとても秀逸です。

FGOをプレイして、歴史に興味を持つ人も大勢いると思います。生きた歴史(失われつつある)に関心を繋げてもらえたらいいな、と思います。





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