▽ <3章>

<3章>

「魔力がまったくないーー」
混乱のなか、初戦が始まろうとしていた。
「立香、落ち着け!ならば自前の魔力で戦うまで」
「大丈夫、倒すのはしんどいけど、追い払うぐらいなら何とかなるわ!」

エレナさんとエミヤの言葉で、冷静さを取り戻そうと呼吸を繰り返した。敵は1匹だけだ。短時間ならなんとかなる。
「エミヤ、目を狙って!エレナさんは目くらましをお願い!」
「「了解した!」」
二人が大きな音と光、高い位置から攻撃したことで、魔犬はただならぬ敵だと思い、くやしそうな声をあげて立ち去って行く。


「ふたりとも、大丈夫?」
ああ、ええ、と二人が返してくれた。
「立香は怪我してない?じゃあ走りましょう。やつらが犬と同じ行動をとるなら、群れの可能性もある」
「待って、エレナさん手が…」
エレナさんが私に差し出してくれた手は、わずかに輪郭が薄くなっていた。「…キャスターだもの。攻撃したら魔力を誰よりも使うわ」
そう言いつつも、弱気を感じさせない声だった。今度はエミヤと目が合う。
「私もアーチャーの単独行動スキルで3日は大丈夫だが、それ以降はなんとも…」

魔力が全く空気中にない特異点で、サーヴァントを失ってしまったら。
どうしよう。魔力がなければカルデアと通信もできないし、召喚も、帰還ももちろんできない。

「…立香、とりあえず今は身を守れるところに逃げよう」
「うん」こんな修羅場ぐらい、必ずくぐってみせる。
「でも、どこに向かって逃げればいいかーー」

「ねえねえ!もしお困りだったら僕と一緒においでよ!!」
森の木立の陰から、突然少年が飛び出してきた。とっさに構えたが、サーヴァントではない。人間の少年だ。私たちの前に出て、堂々と身をさらした。
「光って落ちてきただろ!それを追いかけて、男たちに囲まれてるところを発見したんだ。ずっと後をつけて、魔犬を追い払うところも見てた。
 お姉さんたち、魔術使いだろ!?」
「えーー」
少年の突然の登場にも不意打ちされたが、魔術使い、という単語が出てきたのにびっくりする。夢見がちな少年なのだろうか。でも中学生ぐらいの年齢だ。何より目が真剣だ。
「何を隠そう、僕も魔術使いだ。来なよ、この森のことはよく知ってる!」
罠だろうか? まだこちらの世界の概念がわからない。もし標準的な1960年の世界なら、不思議な光景を見ても、ふつう魔術使いだとは考えないだろう。
…この少年を信じるべきだろうか。
判断に戸惑い、3人で目配せをしあった。
「――少年、案内するなら、近くに洞窟はないか。鉱山があるところならなお良い」
エミヤが言う。そう…今はこの少年に案内してもらえるならそれに越した事はない。うん!と自信たっぷりに返事した少年のあとを、私たちはついて行った。



「…どう?なんとかなる?」
エミヤたちは洞窟の壁を手で探りながら、安心したように息をついた。
少年は本当に洞窟まで案内してくれた。よく見ると、周りに火の後や缶詰、毛布などが転がっている。少年はここに住んでいるらしい。
「ああ。わずかだが、ここの石は鉱石を含んでいる。エレナ、反応はいいか?」
「ええ。現界するのに十分な魔力を補えたわ。もう心配しなくてよくってよ」

ふう、と私も息をついた。改めて少年の様子をうかがう。
14歳ぐらいだろうか、ひょろっとして背が高い。髪がそれほど伸びていないことから、洞窟暮らしはそこまで長くないのだと思う。家出少年か?

「あらためて、自己紹介させてもらうね。
私は立香。こっちはエミヤで、エレナ。危ないところを助けてくれて本当にありがとう。あなたの名前は?」
「僕、アレクセイ。アレクでいいよ。立香は東洋人?」
「…ええ。お父さんの仕事でこっちに来たの。でも乗り物が故障しちゃって、ここのことは全然わからない。いろいろ教えてもらえたら、すごく嬉しい」
「もちろん、任せて!」

少年――アレクは、私たちに好奇心と尊敬を抱いているようだった。
魔術師、という単語がとても気になる。魔術が一般的に存在している世界なのだろうか。それにしては空気中に魔力が少なすぎる。
「アレクはここに一人で暮らしてるの?」
「うん。前は近くの村で暮らしてたんだけど、飛び出してきた。
僕の一族は昔から霊感の強いほうでね。でも村人からは気持ち悪がられてきたし、お父さんも力をほとんど使わないようにしてた。
 それが急に変化したのが大戦だよ。ドイツ帝国が急に魔術師の存在を認めて、魔術が戦場で使われるようになった。そして連合軍が負けて、ドイツを中心にした大ドイツ帝国が世界を支配するようになった。
 そしたら、村人たちは急に僕らのことを大事に扱うようになったんだ。めったにいない魔術使いだからね。お父さんは、村人たちからお願いされて魔犬を追い払ったりした。これまでずっと邪魔者にされてたのに……お父さんはお人好しだったんだ。
だから村の子どもが行方不明になったとき、暗くて危ないのに探しに行って、魔犬に食われた。僕は我慢できなくなって村を飛び出した。そんなに前のことじゃないよ。」

お父さんについて話しながら、アレクは俯いた。エレナさんはそっとアレクの肩を抱いた。
「…あなたの気持ち、想像できるわ。でも一人でここに来て、これからどうするの?」
アレクは目元をぐっと引き締めた。
「ここはお父さんと来た秘密の洞窟なんだ。この場所だと力が湧いて、僕でもお父さんが使ったような魔術ができる。僕は修行をして、大ドイツ帝国の騎士団に入るんだ」
「騎士団?」
そうだ。あの男たちも言っていた。でも、あんまり良い感じじゃなかった。
「騎士団っていうのは、魔術使いの集まりなの?」
「うん。大戦のときに現れて、数人で大軍を打ち負かしたらしいよ。お父さんが言ってたんだ、すごい力を持った魔術使いたちの集まりだって」
アレクはそこまで話すと、今度は私たちに尋ねてきた。
「ねえ、立香たちは魔術使いだから大ドイツ帝国に呼ばれたんでしょう。騎士団に入るの?」
「え、えーと…」
返答に困っていると、エミヤが助け舟を出してくれた。
「すまない。私たちの仕事は秘密にしておく義務があるんだ。娘の立香にも言っていないぐらいでね。
 アレク、分かってくれるかい?」
「もちろん!!さすが、プロの魔術使いは違うね。そうだ…仕事って、秘密なんだ…」


エミヤから言われると、自分も知っている風に振る舞いたいらしい。秘密、という言葉に嫌な気もせず、まるで宝物を見つけたかのように喜んでいる。
アレクって中二病の真っ最中みたい。エミヤを憧れの存在と見ていて、なんでも信じてしまいそうだ。

彼らが話している隙をみて、エレナさんが耳打ちしてきた。
(…カルデアへの通信とサーヴァント召喚に必要な霊脈も、この近くならありそうよ。アレクが眠ってから探しましょう。見られると、いろんな意味でやっかいそうだから。)
(そうだね…)

アレクは純粋で見栄っ張りな、その年ごろにあった言動をする少年だ。
だがその眼はエミヤにすがりつくような必死さがあった。少年はどんな人生を送ってきたのだろうと思った。




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