▽ <2章>

2章

空っぽになったコフィンを閉じて、何度目かのレイシフトが完了したことを確認する。何度やっても無事に到着しているか不安だ。

「マシュは気付いているかい?」
立香、エレナ、エミヤーー3人がレイシフトしたあとで、ダ・ヴィンチは不安そうに呟いた。
「…はい。特異点の規模が大きくなっているということですね」
「そう。特異点が発生して数日対応しなかった理由は、はじめ、この特異点が矮小なものだったからさ。放っておけば消えるような小さな特異点だった。
 ところが調査を続けてもらったチームから、数日後に特異点が驚異的なほど大きくなっていると緊急の連絡があった。
 これは何を意味している?」
「何か異変が加わったということでしょうか?」
「いや、星の力は自滅するような歴史の転換点をそれ以上伸ばすようなことはしない。つまり、自然ではなくーー」
「何者かが特異点に手を加えた、ということですね。」

マシュの言葉に、そう、とダ・ヴィンチはうなづき返した。

「さらに妙なことは、特異点になるほど膨大なエネルギーを持った異空間なのに、魔術的なマナを一切感じないんだ。これは明らかにおかしい。ところが特異点は、発生後に運命が変えるほどのエネルギーが加わったことを示している。つまり、人為的に操作がされた。おそらく良い意思を持った者のしわざではないだろう。」
「待ってください!魔力がないってことはーー」

「…ああ。立香ちゃんたちは、魔術を一切使えない可能性がある」



「えっ」
目がさめると、そこはふかふかの落ち葉の上だった。体がわずかに痛い。また空から落下して特異点に到着したのかな。
起き上がるとエミヤがそばにいて、落ち葉が彼の服についていた。
「エミヤが受け止めてくれたの?」
「まあ、そんなところだ。なに、生身の人間は落下するときに気を失うそうだからな。
それよりマスター、警戒を強めろ。周りを取り囲まれている気がする」
「う、うん…」

私とエミヤは、近くにあった木の幹に出来るだけ身を隠して、人の気配が近づいてくるのを待った。数分して、四方から武器を持った男性たちが集まってきた。

「こっちで光って落下したと思ったんだがな…」
「気をつけろ。帝国軍の戦闘機が墜落した可能性もある…」
カチャ、と銃の弾を装填する音がした。
足音は……6、7、8人か。足取りは重く、声は若くない。兵士ではなさそうだ。
「おい!誰かそこにいるなら出てこい!
 おまえたちの仲間はすでに俺たちがつかまえたぞ!」

(――エ、エレナさんが!?)

思わず息を飲んでしまった。エミヤが口を押さえるが、異変を察知したのか犬が近寄ってくる。エミヤは、ふう、とため息をついた後、武器は持っていないというように手を挙げた。私もゆっくりと手を上げる。
降伏のジェスチャーをした私達を見つけ、男たちは武器をやや肩から下ろしながらも、いつでも構えられる体勢で私達を取り囲んだ。

「お前たちは何モンだ?」
エミヤは手を挙げながらゆっくり立ち、もしものために打ち合わせしておいた言い訳を話す(レイシフト前に服は地味な形、色に着替えておいた)。
「私たちは旅のものです。仲間とはぐれてしまい、探していて森に入りました。用が済めば、すぐに出ていきます。」
「仲間っていうのは、この女か!」
男たちの中から、後ろ手を捕まえられ目に覆いをつけられた女性が前に出された。「エレナさん!」

「待て、動くな!こいつら怪しいぞ」
先ほど話していた男性に加え、他の男も口を挟んでくる。
「服がきれいすぎる!こんな姿で森の中を歩くはずがない。それに男1人に若い女2人」
「恋人には見えないな」
「家族か?でもこの子は『さん』付けて呼んでたぞ」
「もしや、人さらいじゃーー?」

ひらめいて、私は叫んだ。
「待って!この人はパパなの!」
ぱ、パパ? ポーカーフェイスなエミヤの口元が驚いてうっすら開いた。
「こ、この女の人はパパの後妻なの!最近結婚したばかりだから、まだエレナさん、って呼んでるだけなの!」
私とエミヤが家族というには…苦しい見た目かもしれない。でも、東洋人の年齢不詳さは健在のはず。「今は私の結婚相手を探すために綺麗な服を着て、村を回ってるの!自分の村には同年代の男の子がいなかったからーー」

苦しい言い訳だ。でも、私の必死な声色に警戒心がとけたのか、男の人たちが銃を下ろした。
中には若い(というか私より若い?)エレナさんが後妻だということに、エミヤをヒュウ、と口笛を吹いてはやしているものもいる。うう、ごめんエミヤ。

少しほっとして、ようやく男たちを観察することができた。彼らはあまり綺麗ではない服を着て、年寄りのもの、背が小さいもの。立派な体格の男性はいない。エレナさんも縛られていた手を解かれて、私たちのほうへ連れてこられた。
「信用するわけじゃないが、兵士ではなさそうだ」
最初に声をかけてきた、顔に無数の傷があるおじさんが言う。「だがお前たちも目隠しさせてもらう。この森の中に俺たちがいたことがバレると厄介だからな」
「命を助けてくれるのか」エミヤが言った。
「ああ…俺たちは騎士団とは違う。同じ人間を容赦なく切ったりはしねえ。特にこんな嬢ちゃんたちのな。街道の近くまで連れて行ってやる。
 そのかわり、絶対にこの森に俺たちがいたことは言うな。命を助けてやるんだから、安いモンだろ」
「騎士団…?」

彼らに質問したいことはたくさんあった。でも、質問をすると余計あやしいものに見えてしまう。エミヤをちらっと見ると、おとなしく従おう、とうなづいて見せたので、疑問を残したまま目隠しをし、男性たちに手を引かれて森を歩き出した。



5分も歩いただろうか。
突然、エミヤが声をあげた。「気をつけろーー何かが来る!」
「この声、魔犬だ!」
私を引っ張っていた男が手を離し、どこかへ走って行く足音がした。
こうなると目の覆いをしている場合ではない。急いで覆いを取った。男たちは近づいてくる動物の吠える声に慌てふためき、私達を連れて行くことなく四方八方に逃げ惑った。
急いで戦闘態勢に入る。

「全員で戦わず戦闘を放棄するということは、それだけ強い敵の可能性がある!」
エミヤが隠していた剣を抜く。「マスター、魔力をまわせ!」
「私も戦うわ!任せなさい!」
エミヤ、エレナがかばうように前後を固めた。「早く!」

「――違う、準備ができないんじゃなくて…
回せないの!
 魔力が、まったくないーー」


魔獣が、木立の間から現れた。
犬のようだが何倍も大きい。飢えた魔獣は私たちを餌として見てくるーー。




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