▽ <10章>

<10章>

夜になった。レストランの客の出入りは減らない。若い家族、年老いた老夫婦、恋人たち、様々な客が談笑し、お互いの考えを話している。わたしの世界と同じだ。でも、彼らはその中に、黙っていなければならないものを持っている。
パルチザンやゲットーのことを知ってから、急にこの街の雰囲気を重く感じるようになった。

「アレク、立香、宿に戻りましょう。今日はもう上がっていいって」
「やった!」

アレクが上機嫌なのが救いだった。わたしがショックを受けたことも、彼にとっては当たり前のことなんだろう。暗く考えても仕方がないことだ。
今は精一杯エミヤの安全を祈った。
「今日はエミヤは戻ってこないの?じゃあ立香、眠くなるまで遊ぼうよ」
部屋に置いてあったトランプを使い、エレナさんも入れて三人で遊んだ。いろんなことを考えずに済んだことが救いだった。
深夜を回ってベットに入った。でも、眠気がやってこなかった。しばらくしてうっすらまぶたが重くなってきた……。


黒い人影…
車に乗った青年…
銃声――…


はっと目が覚める。起き上がって周りを見たが、部屋は静かで真っ暗だ。
自分の手が震えている。
エミヤは…帰ってきてない。

このタイミングで悪夢を見たことに嫌な予感しかしなかった。
エミヤからのメッセージ?危険な目にあってるから夢を見たのかも…。
マスターとして何かしなければという気持ちが湧いてきて、まず街の地図を見てゲットーの位置を確認した。
ここから橋を渡って2時間ぐらい。行けない距離じゃない。

こんなときなのに、エレナさんの気配がなかった。いや、こんなときだからこそチャンスなのかもしれない。相談したら絶対に許してくれないだろう。
大丈夫、中には入らない。ぎりぎりまで行って、念話で話しかけて返事がなかったら、諦めて宿に戻ってこよう。
地図と懐中電灯、少しばかりの食べ物を持って宿から抜け出した。



「あれ…?ここどこだろう」
2時間後…。
方向は合っていた。橋を渡ってそのまま進んだ。でも曲がり道が面倒だったので、真っすぐ行けそうな細い道に入って進んだ。
「これって…。…もしかしなくても、迷子!」

街はまだ暗く、人通りは少ない。途中で人に道を聞こうと思ったが、どの人も聞くことがためらわれる人相だった。時おり大きなジープが通り過ぎる。数人が乗っていて、車内は暗く顔は見えなかった。みんな警察官のような服を着ていて、何かの施設が近いことは間違いない。
彼らの車のライトに見つからないよう、さらに細い道に入り込んだ。辺りは街灯もなく、人の気配すらしない。もうこの辺りで引き返したほうがいいかもしれない。
せめてエミヤが近くにいないことだけ確認して戻ろう。

(…エミヤ、近くにいたら答えて。)

2、3回彼に呼びかけた。どれぐらいの距離まで聞こえるか分からないが、近くにはいない。
だが、妙な気配を感じた。
これは、どこかであった気がする。大通りの方に向かっていくと、その人物がいるーー。

引き寄せられるように足が動いて、細い道から出て大通りに進んでいた。
次の瞬間、車のライトが当たる。さっと顔を手で隠したが遅い。車に乗った数人が素早く降りてきて、取り囲まれる。軍靴、黒い制服。顔も影になって見えない。
「何者だ!ここで何をやっている!!」
男性に手を掴まれ、真っ白なライトに顔をさらされた。
「なに、東洋人かーー!?」

銃口がまっすぐ私に向いていた。身動きが取れない。
そんな私の耳に飛び込んできたのは、その場に似合わない、明るい少年の声だった。
「あれっ、立香さん? 立香さんじゃないですか!」
「その声……
 ギ、ギルくん!?」

まぶしいヘッドライトに目をしばたたかせながら見たのは…敵国の青年団の服を着た少年。英雄王の幼少期――子ギルだった。
「え、えーー!?」
ギルくんがぎゅっと私に抱きつき、叫び声を抑えた。念話で呼びかけられる。

(詳しい話は後です。少し、静かにしていてください。)

「ギルベルト!その女性は誰だ?」
上官らしい男性が出てきて、厳しい口調で言った。ギルくんはにこ、っと笑う。
「急に飛び出して申し訳ありません、上官。
この前、離れ離れになった人がいるとお話ししましたね。実は彼女がずっと探していた人です。僕の…大事な女性なんです。」
さらにぎゅっと抱きしめられる。
「もう…離れたくない!」

上官はこわおもてだったが、頬を赤らめて、うむ…そういうことなら…と妙に気を利かせた雰囲気を作り出した。
「か、感動の再会ということか。ならば仕方がない。
ギルベルト、今朝の見回りは免除するので、そのお嬢さんを安全なところまで案内するように。
お嬢さん、こんな治安の良くない場所を1人で明け方に歩くだなんて感心しませんね。」

ギルくんと一緒にいた男性達は、私のことがとても気になるようだった。しかし上官にせかされて全員車に乗った。子ギルは私と手をつないで、手を振って見送る。
ピンチを切り抜けたから良いけど、なんだ…この雰囲気。


「立香さん、ようやく会えましたね!」
まだこちらは冷や汗すらおさまっていなかったが、ギルくんは全く気楽な口調だった。
「う、うん…ギルくんは軍隊にいたの?」
「いいえ、最初からではないです。こちらで2週間前に召喚されましたが、何の魔力もなくて困っていました。だいぶ弱って消えかけていた僕を、独り身のおばあさんが助けてくれました。その女性が僕を孫だと勘違いしたみたいで……。しばらく孫としてお世話になっていました」
 そのおばあさんは少しぼけてしまっていたが、ギルくんをとても可愛がってくれたらしい。
魔力切れはどうしたの?と聞くと、そのおばあさんが資産家だったらしく、置いてある宝石などから…少々拝借したらしい。
先ほどの男性達は、ギルくんの容姿を大変気に入って青年団に入るよう勧めてきた。ほとんど強制だったが、情報も手に入るため、手伝いをしていた。そこで私に出くわしたらしい。
(「まあ、サーヴァントはマスターと引き合うものですから!」)

今度はギルくんにこれまでの経過を話した。
最初に山に墜落し、アレクという少年に助けられたこと。
私たちも鉱石から魔力を集めて、カルデアからの通信や召喚を行ったこと。
そしてワルシャワに到着した後、レジスタンスに協力し始めたこと…など。

「それであの場所にいたんですね。でもエレナたちは反対しませんでした?」
「あー…いや、それは…」
内緒にしておいてくれる?というと、察したのかギルくんは笑った。
宿にギルくんを連れてくるのは目立ちすぎたので、街の郊外の空き家の方へ向かうことにした。


記憶にある辺りまで来た。念話を飛ばすと、エミヤとエレナさんが間も無く現れた。
「立香、なぜここに!それに、幼いギルガメッシュ…!?」
最初怒った表情で二人は現れたが、後ろにいた人物に気づいて怒りを忘れてしまったようだ。

「まさか、召喚に応じたのが子ギルだったなんて…」
エレナさんが鋭く言う。「でも、偶然街中で出会ったりする?」

「偶然だよ!」偶然なのは本当だ。
「エレナさんこそ、エミヤを手伝いに行くなら言ってよ」
よし、これでエレナさんは静かになった。
エミヤはサーヴァントが増えたことに喜んでいたが、「なぜギルガメッシュが?」と呟いた。

「それは、僕の予測ですけど」子ギルが言う。
「おそらく今回の特異点の性質に繋がるんじゃないでしょうか。僕の宝具、ゲート・オブ・バビロンが何を出すものか、みなさんご存知だと思いますが」

「王の財宝……」

みなが同時に口にした。
「そうか、」エミヤが今度は確証を持った声ではっきりと言った。「ナチスの財宝だ」
「ええ、それにまつわるものなら最も力が強いものを知っていますよね」

「…ああ。聖槍だな」



Looking forward to the next winter vacation……




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