▽ <9章>

<9章>
次の日、宿を貸してくれたおじいさんは「身分証明書」が手に入るまで ここにいて良いと言ってくれた。さらにアレクのことをとても気に入ったようで、自分の孫が着ていた服や使っていた時計まであげたいと言った。
「おじいさんの孫は今どこにいるの?」
おじいさんは孫の服を着たアレクを懐かしそうな目で見た。
「息子も、孫も一緒に家を出て行ってしまった。もう5年間、何の連絡もないんじゃ。わしはようやく帰りを待つのを諦めたんじゃよ」

その日の夜、食堂を手伝った後で再び男たちと話し合った。
彼らはエミヤの戦闘能力の高さを勝って、自分たちの計画に協力して欲しいという。
計画とは何か? まずある男に会いに行って貰うが、そのときまで漏らされると困るので、男にあったときに直接計画を話す、と言われた。

次の日の夕暮れ、親しくなった人物に夕食に誘われたという理由で宿を出た。アレクはおじいさんに預けたが、おじいさんは二つ返事で快く受け入れてくれた。
連絡員だという女性が、ワルシャワ郊外の半分壊れかかった大きな空き家まで案内してくれた。郊外に出るとほとんど明かりがない。家の中に入ると、宿で会った男の1人が待っていた。
 男に案内されて奥に進むと、そこには気品があって知的な男性がいた。背が高く整った口ひげをしていて、襟の形が綺麗なシャツと体のラインに合ったジャケットを着ている。宿で会った男たちとは全く違う人種に見えた。あまり詳しく自分のことを話さなかったが、男性はワルシャワの中にあるゲットーに出入りする手段を知っていた。
「ゲットー?」
「反抗的なポーランド人を集めた居住地区のことだ。昔はユダヤ人が送られていた。ドイツがここを征服した後、おとなしく従ったポーランド人を除いて、反抗的な活動をしたポーランド人が送られている。」
男性は私たちの反応を心配そうに見ていたが、やがて決心したように重く言った。
「私は君たちが魔術師で、ドイツ側と敵対し、奴らの情報を欲しがっていると聞いた。そのために我々と協力をすると言う。ならば私も情報を提供しても良いが、提案がある。
 ……私と一緒にゲットーへ潜入してくれないか」

ゲットーに潜入する。どんな場所かまだ知らなかったが、それが命がけの行為だということは男性の口調からわかった。
男性は詳しく事情を説明しはじめた。
「数日前、敵内部の情報収拾に当たっていた男が疑いをかけられて連行された。彼が秘密を漏らす心配はしていない。だが前日に彼から急に連絡員の女性が送られてきて、重要な情報があるからどうしても会いたいと言ってきた。しかし会う直前に彼が捕まえられ、何を伝えたかったのか分からない。
でも慎重な男だったから、よほど重要な情報と考えていい。初めて会った君たちに頼むのは無謀だと思うが、君たちもこの国の現状がわかるし、有益な情報が手に入る。」
 男性はそこまで言うと私たちの反応を知るために黙ったが、まだすべてを言っていない感じがした。エミヤが口を挟んだ。
「私たちに手伝えというのは、男から情報を聞き出すことか? それなら貴方だけでも可能だろう」
すると男は、もちろん違う、と首を横に振った。
「その男を脱走させるために、君達の力を貸してほしい。
 その男は…私の弟なんだ。」


 私たちは少し時間を貰い、話し合った。
 男性が話す男の安否は分からず、行くならば一刻も早い方がいい。おそらく準備する時間はないだろう。魔力のない今の状況では危険すぎる。
でも私たちも手詰まりで、彼らから情報を得ることしか考えられなかった。さらに敵内部の情報が手に入るなら、危険を冒す価値があるだろう。

問題は誰が行くかだった。
「エミヤだけが行くべきだわ」エレナさんが言う。
「立香はダメ。私たちはいざとなれば霊体化できるけど、生身の立香が行くのは危険すぎる。エミヤならアーチャーの単独行動スキルがあって、実物の武器を使っても戦えるわ」
でも、と私はエミヤの方を向いたが、エミヤも当然だ、という顔で言う。
「私もそのつもりだ。立香とエレナには、私たちの行動を不審に思われないようにカモフラージュして貰う役目がある。
 立香、マスターとしての気持ちは立派だが、後方支援も重要だぞ」
「そう…なんだね…」

ここまで言われて、食い下がるのもみっともないと思った。
でも、マスターとして、前線にサーヴァントだけを送るのは相応しくないという思いも消えなかった。

私たちは男性のところに行き「脱出は手伝うが、連れて帰れる約束まではできない」と言った。男性は力強く頷き、私たちと固い握手を交わした。

次の日、夜まで宿とレストランを手伝い、エミヤだけが男たちの部屋を訪れた。万が一疑われても、私たちが何も知らないと思わせるために、レストランで男たちは私に話しかけなかった。エミヤも情報を必要以上に漏らさないため、と私たちに詳しい計画を話さなかった。
 廃墟で男性と話した2日後。エミヤは朝方に出て行った。

 その一日の出来事については、あるポーランド人の証言を読んでもらうことにしよう。




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