▽ <8章>

<8章>

それから一時間ほど、男からこの世界が歩んだ歴史を聞いた。
情報を得るためだけなのに、余計な意識がおよぶのを止められなかった。

正史。私たちの生きている世界。
絶対にその世界を守りたいという強い意志はある。私の家族や友達、色々な人たちの命がかかっているのだ。この特異点を放っておけば、正史の世界は崩壊する。
でも、正史のほうが絶対に良い、という確信は……よく分からない。

「エミヤ、今夜は遅いから明日しっかりと計画を練った方がいいんじゃないかしら」
エレナさんはどんどん話を深くしていっている男性たちに待ったをかけた。時計はすでに真夜中を回っている。「聞いた情報が多すぎて、理解が追いつかないわ。立香もちょっと疲れたみたいだし」
「ああ、俺たちもお前たちを計画の中にひきいれるなら、他のメンバーと相談をしたい。明日、具体的な計画を話し合おう」
男たちはすっと立ち上がり、ドアを開いた。
「わかった。話を聞かせてくれて感謝する。また話し合おう」


部屋は私とエレナさん、エミヤとアレクで分けていた。
部屋のドアを閉じると、エレナさんがすっと私の手を握った。「立香、大丈夫?すごく動揺してたわね」
「うん…ちょっとびっくりしちゃって…」
「…そうね。自分の国が勝った、なんて言われたら動揺するわよね」
そう言われて、涙がじわっと出てきた。別に、悲しいわけではない。感情をどう処理して良いか分からない時の涙だ。
「私も、もしレイシフトで自分の生きた時代や近い時代に飛ばされたら戸惑うわ。だから全然知らない国か、関係ない時代か、全く違う変化をしてる場所に飛ばされた方がマシ。サーヴァントですらそうだもの。」
立香はよく頑張ってるわ、とエレナさんは肩を撫でてくれた。心のガードが外れて、想いが溢れてきてしまう。
「今回の特異点は、本当に嫌だ。魔法があんまり存在してないし、敵も分かりにくい。私の世界との間違い探しができないの…!
 それに本当に日本が勝っていたら、そっちのほうが私の周りの人が喜ぶんじゃないかって思うよ、どっちが幸せかで選べないの…!」
 自分で言いながら、すごく身勝手な言葉だと思った。男たちは、正史で自分の国が独立していたと聞いて、すごく喜んでいた。いわば、逆だ。どちらも不幸が降りかかった先が違うだけで、同じぐらい悲劇なのだ。
 自分の知っている世界と違うから消すんだ。そのことだけで決められるなら、迷わなくて良い。でも、同時に自分の中の温かいものも薄れていく気がした。

「…立香。苦しいと思うけど聞いて」
エレナさんが私の涙をそっと拭う。
「間違いがあるから消していい、と思うのは簡単だわ。でもそこで生きている人だっている。間違ってるから消すんじゃない。私たちが正史を選ばなければ、いずれこの特異点は正史をも潰して自滅する。その先の未来を作るために消すのよ。
立香には、今の苦しさを忘れないで欲しいの。そうでなければ、今度は立香が平気で人の命を損得の天秤にかけてしまえる怪物になってしまう。
人間性を失ったら、あなたが戦ってる敵とどう違うの?」

エレナさんの言葉は正しいと思わせる説得力があった。だから、痛む良心を抱えながらも、自分たちのこれまでやってきた(これから行う)行為に迷いを生じさせることなく眠りにつくことができた。
眠りに落ちかけたとき、エミヤとエレナさんが話している声が聞こえた。

――もう少し、立香に配慮した話をしてあげてくれないかしら。あなたが人間味を感じさせない行動をするから、立香は疑問を抱いたのよ。
――いや、立香だって「そんなことをしている場合ではない」と理解しているはずだ。
――でも、もともと何の訓練も受けていない一般人だったのよ。
――そうだ。その彼女が戦場に出ざるを得ないことに、今の問題があるわけだが…。


私はこんな自分にカルデアの任務が任された事を誇りに思っている。
正直、私の力は全然足りないし、私たちの正史が他の世界と比べて、どれだけ正しいかも分からない。
でもせめて、マスターとして自分たちの行いが「正しい」と言えるように、
私は迷う心も、痛む心も絶対に忘れないで行こう。




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