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 神の力を持ちながらも、その力に頼らない人間の時代を作ろうとしたギルガメッシュ。
 彼にそのきっかけを与えた人物について、ギルガメッシュはエルキドゥにだけその話をした。

「いや。本当になんど聞いても面白いね」
 エルキドゥとはたくさんの夜を共に過ごした。夜を過ごすとなると酒のつまみに様々な話をする。エルキドゥはなぜか昔のギルガメッシュの話を好んで聞いた。
「目の前にいる男に、子ども時代の話を聞いてそんなに楽しいか」
「だって昔のギルは今とぜんぜん違うじゃないか。ヒトはこんなに変わるんだと興味深いよ」
 昔語りにはかならず思い出される女性がいる。彼女がいたときに初めて酒場で飲んだビールはもっと苦かったかな、とギルガメッシュは思った。


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 ウルクの街にある酒場に行ってみたいと、ギルガメッシュが言い出したことがある。ナマエは笑って「ぜったいギルだってバレるよ」と言った。
「だいじょうぶ。ちゃんと服装も変えて髪も見えないようにするから」
「……ちゃんと準備が済んでから提案するのがギルらしい」
 すこし困った顔をしながら、いいよ、少しだけならね。とナマエは一緒に行くことを了承した。

※当時のビールはアルコール度合いが低く、ふだんから食事と共にたしなまれていた。


 夜の酒場は活気があった。ウルクの人たち、いろんな国からやってきた旅人もいて、黒髪黒目のナマエもフードを深くかぶったギルガメッシュも不思議となじんでいる。
 なみなみと注がれたビールを手にした少年に「一杯だけだからね」とナマエは釘をさす。
「わかっているよ」
 ギルガメッシュは周りの空気に影響されたのか、ふだん王宮で飲むのと違って勢いよく酒杯を傾ける。「……ふうっ、これはこれで美味しい。せっかくだからナマエも飲みなよ」
「もう……」

 ナマエも酒杯を傾けようとしたときだった。背後から男たちが近寄ってくる。酒場に入ったときからたびたびナマエを見ていたな、とギルガメッシュは気づいていた。服にこのあたりでは見ない刺繍模様が入っていて、外国から来た金持ちの旅人であることを匂わせていた。
「よお、姉ちゃん。よかったらあっちで俺たちと飲まねえか」
「……」
 ナマエの黒髪黒目はめずらしい。ただの黒ではなく濡れ羽のような純度の高い黒色だ。目線が吸い込まれるような色だ。
「結構です」
 ナマエは男たちに顔すら向けず、冷たく言い放った。だが男たちはしつこい。
「ガキと一緒に飲んでも楽しくないだろう。めずらしい外国の話も聞かせてやるぜ」

 なおも付き纏い、男たちが彼女の腕をひっぱったので、ギルガメッシュは口を挟んだ。
「ねえ、お兄さんたち。ぼくの姉さんは頭のいい男性が好きなんだ」
「はあ? 俺たちよりお前のほうが賢いっていうのか?」
「落ち着いて。ちょっとした謎かけをしよう。答えられたなら姉さんと飲んでもいい。
 ……例えばだ。商人がいて、向こう岸にキツネとトリと小麦を運びたい。でも一度に運べるのはふたつだけ。商人が居ないとキツネはトリを食べる。トリは小麦を食べてしまう。すべてのものを無傷で運ぶには、どうすればいい?」

 ギルガメッシュが意気揚々と言ったので、男たちは鼻で笑い飛ばして謎かけに答えようとした。だがどうしてもキツネとトリ、トリと小麦の組み合わせになってしまい、顔色が悪くなる。
「この謎かけ答えなんかあるのか」
「いくつかあるよ。答えても良いけれど、そうしたらお兄さんたちの負けだからね」
 そう言ってからギルガメッシュは問いかけに答えた。そのときには、酒場の注目を集めていて、まわりの人々もギルガメッシュの答えに聞き入っていた。
「なんだ、それは。ずるじゃないのか」
「ぼくは戻るときに荷物を乗せちゃいけないとは言っていない」
「なんだと」
 腹が立ったのか男たちが掴みかかりそうになった。すると、まわりの人々が割って入ってくる。

「あんたたち、この坊やに負けたんだろ。引き下がらないとみっともないぜ」
「こんな坊やに負けちゃあな」
 まわりに笑われて、男たちの挙げられていた手が下がる。ギルガメッシュは明るい表情で残りのビールを飲み干した。
 やがて周りにいた人々がギルガメッシュを囲み、次々にもう一杯どうだと勧めた。飲みすぎた彼が、次の日に体調を崩したのは苦い思い出だ。


 ──この話には後日談がある。
 ジッグラトに他の都市からの使者がやってきた。強気な口調で、つり合わない要求を押し付けてきた使者に、ギルガメッシュは表情を一切変えず言った。
「あなたがたの要求に応えることは難しい。要求にはふさわしい対価と態度が必要だ。だが、この問いかけに応えられたら一考しよう」

 昨晩の酒場で問いかけられた同じ問いに、使者たちは目の色を変えた。そういえば、あの少年は幼王とおなじぐらいの背丈だったかもしれない。みっともない姿を笑われた記憶がよみがえり、使者たちは口をつぐんだ。


■ ■ ■


 ふとエルキドゥにナマエの姿を取らせてみてはどうだろうと思った。彼女がそばにいる気持ちになるかもしれない。
 だがナマエの姿でエルキドゥが気ままに行動したら、思い出を汚すことになってしまう。腹がよじれるほど面白いに違いないが。

「あっきみ、いま不謹慎なことを考えたね」
「ほう、分かるのか」
「あたり前だろう」

 どれだけ一緒に過ごしているんだい、とエルキドゥが微笑む。
 未来が視えるギルガメッシュの目は、エルキドゥさえいなくなった未来を示唆している。いつか、こんな平凡な夜さえも宝物だったと思うのだろう。
 ──失えば、もう二度と手に入らないから至高の宝になるのだな。
 ナマエとの思い出も。エルキドゥとの日々も。
 ギルガメッシュは夜空にうかぶ星を見上げて、あれも手に入らないな、だから美しいなと酒のつまみに嗜んだ。






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