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=8粒目 オジマンディアス=
多くの建造物にその名を刻まれ、不滅の栄光を約束された彼にどんなものを献上すれば喜んで貰えるのだろう。
かのファラオは召喚されたあと、カルデアの気候が馴染まないせいか、ほとんど外に出歩かなかった。だが時折、ニトクリスが「お言葉です」とくれる助言のように、常にカルデアの現状に気を配ってくれていた。
「うーん…」
せっかくのバレンタインだから感謝の気持ちを伝えたいのだけど、ファラオに献上するチョコの基準がわからない。どんなチョコを送っても安物だろうし、彼を喜ばせる気の利いた演出もできない。
悩んだあげく、けっきょく何の準備も整わないままチョコを送ることになってしまった。
「…同盟者! 遅いですよ、真っ先に持ってくるべきではありませんでしたか」
ニトクリスが取り次いでくれた。ごめん、何をあげたらいいか分からなくて……と私が言うと、それも分かりますが急いで献上を、と部屋のなかに案内してくれた。
「ファラオ・オジマンディアス様」
中は一種の固有結界になっていて、他の英霊と同じ区画のはずなのにおどろくほど広い。階段の上に大きな玉座があって、オジマンディアスその人が半分目を閉じながら腰掛けていた。
ニトクリスの呼びかけに、彼は緩慢な返事をした。
「近づくことを許す」
私がチョコを高く掲げながら前に進み出ると、彼は無言でそれをじっと見つめた。固まっている私に、何をぼさっとしているのですか、早く行ってくださいとニトクリスが急かした。
「………」
どこまで近づいて良いのだろう。一歩ずつおそるおそる進み、ついに目の前まで来てしまった。私が固まっていると
「王に手酌させるつもりか?」と低い声が響く。
――もしかして、献上するって…
震える手でチョコの包装紙をあけ、そっと一粒をつまんで彼の口元に持っていく。ええい、不遜だと焼かれるなら焼かれてしまえ。
うすく開かれた彼の口の中にチョコレートが収められた。
無言。口の中でゆっくりと溶けているのだろう。
「…なるほど、これは甘いな」
数十秒してようやく感想を知ることができた。
「褒美をとらそう。この味は余の好みではないが、彼女なら喜ぶだろうな」
ふたたび瞳を閉じた彼が思い浮かべるのは、清いナイルの岸辺で見た、やさしい光景だろうか。
8粒目
こちらがファラオからの下賜品です。