オルト メタ パラ



ウルクの街に不穏な空気がただよっていた。
日に日に増える、民の悲嘆。新郎は新婦を奪われ、親は子を奪われる。
公平と慈愛に満ちた幼いギルガメッシュ王の治世は終わった。
王はご乱心なされたのだ。善良な王の耳によからぬ知恵を吹き込み、よからぬ毒を心に流し込んだ者がいる。そう思って彼が元に戻るのを期待した人々は、ますます苛烈になっていく王の治世にため息をつく。
……もう、王の情けを期待するのはやめよう。役に立たない人間は淘汰される。どうして王が急に変わってしまったか分からないが、優しかった幼王はもう居ないのだ。


松明の火が揺れ、神殿の奥につづく扉が乱暴に開けられた。
中にいた神官たちはおどろいて目を剥く。厳かな祈りの場に入ってきたのはギルガメッシュ王だった。上半身は裸で下半身は鎧をまとっている。この場にふさわしくない姿だが、恐ろしい神の力を持つ彼に逆える者などいない。
儀式を仕切っていた神官がひざまづいて彼に挨拶をした。

「いと高き王、こちらへは何用でしょうか。何なりとお伺いします」
ギルガメッシュは赤い目でぎろりと男を睨んだ。
「姉に会いに来たのだ。手間取らせるな」
「はっ――…」

下級神官が走って更に奥にある扉をひらく。ここから先は、神官でも最高位の者しか入れない所だ。続く廊下は暗くて中が見通せない。
扉の前で、彼は控えていた神官に言い放った。
「我がここに戻ってくるまで一歩も扉に近づくな。戻って来たとき近くにいたら殺す。」



扉を後ろ手で閉じると、ギルガメッシュは中央の祭壇にあゆみを進めた。
壮麗な祭壇はもっとも神の声が聞こえる場として、祭祀長とギルガメッシュ王、もう一人にしか祈りを捧げることが許されていない。
その祭壇に女性の姿があった。長い黒髪に空をうつしたような薄水色の瞳。祈りを捧げる姿は神々しく犯しがたい雰囲気をまとっていた。
「……姉上」
ギルガメッシュが声をかけるとゆっくり女性は振り返る。そして優しい笑みをうかべて彼の愛称を口にした。
「…ギル。会いに来てくれたのね。」
祭壇から降りようとする彼女を、ギルガメッシュは手を差し出して支えた。

「また祈りを捧げていらっしゃったのですか」
「ええ。水不足と聞いて……私が祈りを捧げていると聞くだけで民の心はやわらぐのよ」
私にできることはそれぐらいだから、と彼女は言った。ギルガメッシュは感情のこもらない声で言う。
「神など……あれらは我々の行いに一切関心を持ちません。願おうが祈ろうが、関係ないのだから不要だ。」
「――しっ。彼らは私たちの行動に関心を持たないかもしれない。でも、こちらを見ることができるし聞くこともできるのよ。」
彼女は彼のくちびるに指をあてて黙らせた。

こんなことをできるのは、彼女がギルガメッシュの姉だからだ。
双子の姉立香。半身半人のギルガメッシュと共に生まれたが、彼の3分の2が神であるのに対し、彼女は3分の1に神が混じっている。髪の色はバビロニア人によくある黒髪で、寿命も他と変わらなかった。だが弟がそうであるように見るものを圧倒するような美しい造形をしていた。
光の輪をまとうよう美しい黒髪を輝かせ、薄い色の瞳で弟をみつめた。

「……おだやかではないのね、ギル。何かあったの?」
「別に何でもない」

ギルガメッシュの手を取りながら、彼女は敏感に感情をよみとった。立香に未来視の力はないが心を読むことに長けている。それがギルガメッシュのように神に近い存在であっても。

「分かっているわ――あなたが神の立場よりも人間の王として振る舞おうと決意したことを。
 民には語らない。あらがう以外に選択肢はないのだと、彼らに逃げ場をあたえないようにしている。今のままでは最期に貴方以外でウルクに残っている者はいない。すこしでもバビロニアの未来を残すため、そのための犠牲を貴方は負っているのね。」
「……心を通してそこまで見えるのですか」
「ええ。…いらっしゃい」

立香は自分のために用意された休息所に弟を案内した。祭壇の近くにこんなものがあるのは彼女が頻繁にここへ来るからだ。来ない王に代わって神への祈りと捧げ物を用意していた。
 やわらかくて清潔な絨毯にはクッションがいくつも置かれ、寝台のようにふかふかとしていた。立香は腰をおろすと、「おいで」というように膝の上へギルガメッシュを招く。
それは幼いころから彼に何度もしてあげた仕草だった。そのときと同じようにギルガメッシュは膝の上に頭をあずける。ひんやりとした太ももにくっつくと、頭に上っていた血が少し冷まされた。

「…ギル、貴方もだいぶ重くなったわね」
立香はギルの額をなでながら、金髪が目に入らないように横へ流した。
「何を言うのですか。先月で成人をむかえたでしょう」
「そうだったわ。私は外に出ることがないから、つい変化を忘れてしまいそうになる」
大きな弟を、立香は昔と変わらない扱いで機嫌をとった。「ギルガメッシュ、身長はどのぐらいになったの?剣の腕はお父様を超えたのかしら」
「そんなものとっくの昔に超えました」
ギルはこそばゆい姉の手を感じながら、慣れ親しんだ香りに埋もれた。髪がすかれる感触に目を閉じる。眉間に寄った皺は消え、幼い頃のギルガメッシュの表情に戻っていた。

「――私はね、見ることはできないから」
ギルガメッシュの姉である立香がここに留まる理由。たぐいまれな美貌と知性を備えているのに他国へ嫁がず、弟の側に居られるのは。
「役立たずだけど、少しでも貴方の役に立ちたいの。」
空をうつしたような薄水色の目には空しかみえない。声を聞き、触れて、心を読み取ることで世界を視る。
「…姉上はずっとここに居たら良いんです。」
「ありがとうギル。でもね、ずっとこのままでは駄目なのよ」
立香は弟の額の熱をかんじながら哀しそうに笑った。
「貴方にだけ負担を負わせたくないの。私はあなたの姉だから。
 だからね、好きなように私を扱って。貴方のためなら命だって使っていいわ。」

ギルガメッシュは薄目を開けて、弟の犠牲になることを厭わない高貴な女性の容貌を愛でた。
――ああ、姉上は。どんな女よりも美しい。

「そんなことをさせるとお思いですか?」
彼は姉を一心に見つめた。ギルガメッシュの熱い視線が彼女の目に映ることはない。切望する目は、弟が姉に向ける愛情をはるかに超えている。
「目の前に苦しんでいる民がいても、姉上を優先します。神だって同じだ。我のたった一人の姉上だから」
しっ、と先ほどとおなじような仕草で彼女は唇に指をあてた。
「……ギル、いけないわ。貴方はただ一人の身ではないのだから。貴方は王であって、神の力をもつ地上で最高の存在。私のためにその力を使っては駄目よ。」
「ですが……」
ギルガメッシュの負担がやわらぐように、立香は彼の額に口付けて祝福をおとした。
「ときには民が癒しを求める時だってあるのよ。そのときは私を使いなさい。」


ギルガメッシュの思いを受けながす姉の言動は、彼の苛烈な行動をさらに駆り立てる。
だが一方で立香は彼が去っていった後、弟の残していった激情を受け止めるために、休息所で息を荒げた。

「――っ……」
( これがギルの想い… )

弟の苦しみを、負担をうけいれるのは姉だから。
燃えるようなギルガメッシュの思いに、立香は身も心も焦がしながらうっすらと涙をこぼした。




<fin>


From 名無し様
『ギルが唯一甘えられるクールなギル姉主のお話』
というリクエストをいただきました。

タイトルは『異性体』という意味です。双子の姉、ギルが唯一心を許す存在として書いてみました。
いかがだったでしょうか……私の中にクールなキャラが少ないので、宇宙猫状態になりながら「クール姉を探して三千里」の旅に出ました。暴君な弟にたいしてクールな姉が出現するパターンは2つあると思います。

もう1パターンも短いですが書いてみたので、お納めくださいませ。





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