星読みたちの物語



1週間前から吹き続けた強風と吹雪が、ぴたりとやんだ。
標高6000mの雪山の地下にあるカルデアでは地上の様子が観測されていた。地上から送られてきた夜空の映像に、ダ・ヴィンチはおもわず驚嘆のため息をつく。

「ウワ〜、素晴らしいね!満天の星空だ」
「そんなに綺麗なの?」

立香は後ろからダ・ヴィンチの観ているタブレットの画面をのぞこうとした。すると彼女は何かを思いついたのか画面を隠す。
「そういえば立香ちゃん、星を見に行きたいって言ってたよね」
「うん…?」
「だったら今夜見にいったら?マシュも誘って」
画面を隠したのは“実際に見て感動して欲しい”ということらしい。名案だと立香は思った。さっそく後輩をたずねて「星を見にいこう」と誘うことにした。

「ごめんなさい先輩…今日中にどうしても上げなければならないレポートがあって……」
「そうなんだ……今夜だけじゃないから、また見に行こう」
「はい、ぜひとも!」

マシュに断られて立香は少し残念だった。すっきりと晴れた夜空はめったに無いのだ。
よし、自分だけでも見に行こう。
ダ・ヴィンチに外出許可をもらおうとすると、「せめて誰かサーヴァントを連れて行かなきゃ」と言われた。
「マスターの立香ちゃんがいるから施設の外に出ても現界できるけど、いちおう単独行動ができるアーチャーを連れて行ったら?」
「そうだね。ロビンにお願いしようかな」

真っ先にエミヤを思い浮かべたが、夕食の後は片付けで忙しいだろう。食堂でロビンをみつけてお願いすると快く引き受けてくれた。1時間後にしっかり防寒して玄関前集合、と決めて立香はいったん部屋に戻る。
魔術礼装だけで防寒もできそうだったがモコモコのジャケットを着込んだ。手袋に帽子、さあ準備は万全だ。


ぴったり9時に玄関前に行くと、目深くフードを被った男性が立っていた。玄関は消灯していて顔ははっきり見えない。いつもの緑のマントではなかったが、さすがのロビンも南極でマント一枚は無いだろう。
「ごめん、待たせた?」
立香が声をかけても相手は答えず、「早く行こう」と言うかのように無言で玄関へ歩き始めた。
ちょっとおかしいな、と思いながらも、そんなこともあるかと急いで付いていく。






基地の外に出て、しばらく立ち止まらずに歩き続けた。ちゃんと外を歩いたことがなかったので立香は周りを見渡しながら相手に付いていく。
雪山が切れて平坦な台地にのぼると、一気に視界がひらけた。

「うわあああ……」

それは驚嘆の声しかでない光景だった。
風もなく穏やかで、天頂へたちのぼる天の川をオーロラの淡い光がいろどっていた。建物がなく辺りは暗いため、星がいっそう輝いて見える。
一生かけても数え切れないほどの星が瞬いていて、上を向きすぎた立香は後ろへよろめいた。

「危ないではないか」
男性に受け止められる。低い男性の声に、立香は飛び上がりそうになった。ロビンではない。
「あ、あの…!」
立香を受け止めた反動でフードが落ち、男の顔が見えた。金髪でするどく睨むような赤い目。
「ギルガメッシュ王…!?」
彼女の驚いた声に王の眉尻が上がった。不愉快だったのだろうか。いや、それよりも何故彼がここにいるのだろう。
「あのう…ロビンは」「緑ネズミなら始末しておいた」
「息の根をとめたりはしてませんよね?」
まったく論理的な会話になっていないと思いながら、立香はロビンの安全を祈った。きっと彼ならすんでの所で生き延びたはずだ。
「ええと……付き添いに来てくださって有難うございます」
どうして居るのか聞いたら機嫌を損ねそうで、とにかく立香は深く頭を下げて感謝の意を示した。
しかもこの口調は、アーチャーのギルガメッシュ王だ。
「ああ」
英雄王は短く答えた。どうやらこの対応で正解だったらしい。
だが立香は緊張してしまって、星空を楽しむどころではなくなってしまった。無言の間ができてしまう。

( …アーチャーのギルガメッシュ王… )

いうまでもなく彼は高名な英霊だ。カルデアに早い段階から協力してくれた古参のサーヴァントだが、一緒に特異点修正へ出かけたことはない。
原因は彼の“気性”である。どこかの聖杯戦争ではマスターが殺されるのを黙視したとか、気に食わなければ即殺してしまうこともあったとか。頼りになるけれど近寄りがたく扱いづらい、というのが立香のイメージだった。
あまり会話したことないのに夜空を楽しむなんて……ハードルが高すぎる。


「ほ…星がきれいですね」
やがて無言に耐えかねた立香は当たり障りのないことを言った。
「………」
赤い目でぎろりと見られて、立香は会話終了を予感した。
何でこんなことになってしまったのだ。一生懸命になって話題を絞りだす。
「…王様の故郷でも星はきれいでしたね」
英雄王を前に、こんな会話しかできなくて低能だと斬られるかもしれない。だが立香が恐々彼を見ると、王様は星空を見上げていた。
「ああ。見える星座は違うがバビロニアの星空も美しかった」
「………」
返ってきた言葉に立香は驚き、おもわず横顔に見惚れてしまっていた。
――何で、こんなに怖がってしまったんだろう。
星を見にいく立香にわざわざついてきてくれたのだ。理由はわからないが、自分に対して敵意や殺意はないだろう。
「王様」立香は勇気をだした。「どうして今日、一緒に来てくれたんですか?」

ギルガメッシュ王は星を見上げたまま言った。
「貴様がネズミに『星を見にいく』と言っているのを聞いてな。“星を読む”のであれば、あのネズミよりも知識豊富な我のほうがふさわしいと思っただけだ。」
“星を読む”。
立香はかれの意図を聞いて、「ただキレイな星をみたかっただけ」とは口が裂けても言えないと思った。つまり、彼は占星術や天文学の意味で『星を読む』ために来たのだ。
「…それで、何をみたかったのだ?」
「え、ええっと」
聞かれてとっさに考える。明日の天気、ごはん、新しいイベントのこと。だめだ殺される未来しか見えない。
「あの……このあとカルデアはどうなっていくのかなと思って」
真面目に考えて出てきた質問は、ずいぶんざっくりしていた。それでも『何をみたいのか』と聞かれて思い浮かんだのはコレだった。
 これまで立香たちは特異点を修復し、残滓(ざんし)である亜種特異点でも戦った。戦いはこの先もずっと続くのだろうか。

「順風満帆とは言えぬ」
ギルガメッシュ王は答えてくれた。「……だが貴様が特異点修復をおこなっている際も、滅亡の予兆は常にあった。未来は貴様の行動によって絶えず変化している。順風とは言えぬが“希望はない”とは言わぬ。」

立香は唇をかみしめた。やはり自分が戦いつづけなければ未来は失われてしまう。恐怖や絶望と戦い続けて、ようやく希望がみえてくるのだ。
「ありがとうございます」
「礼など不要だ。今の言葉など星読みの知識がなくとも言える。我が言わずとも、貴様はたとえ天から強大な敵が降ってきても戦うのだろう?」
「はい。」
立香は強く頷いた。そして、ふと前から思っていた疑問を口にした。
「王様は……どうしてカルデアに協力してくれるんですか?」

いらないものは躊躇なく切り捨てる彼だ。現人類に見こみがないと思えば、あっさり捨ててしまうだろう。冷たい態度なのに協力するという姿はいびつで、立香が彼を近付きにくいと思う原因の一つだった。
 ギルガメッシュ王は質問を聞いて黙る。……怒ったのだろうか?でも、少し考える間を置いただけのようにも見えた。
「そうだな……カルデアという名前が由縁(ゆえん)かもしれぬ」
彼は静かに答えた。
「カルデア人は前7世紀のメソポタミア南東部に新バビロニア王国を建国した民族だ。これだけ言えば、我が由縁を感じる理由がわかるか?」
「つまりカルデア人が住んでいた地域は、むかし王様が治めていた地域だったということですか?」
「ああ」
立香の返答に彼はうなずく。自分に縁のある名前と“おなじ名前”だったから。なるほどと彼女が言うと、もちろんそれだけではない、と彼は続けた。
「我は人の世と神の世を分けた英雄だ。人間がおのれの力で抗い、知恵で道を切り開くきっかけを作ったのだ。作りあげられた人類史の危機に無関係ではいられまい。」

――そうだ。彼の宝は、人類が作り上げたものすべてなのだ。
 自分の宝を守るためなのだとしたら、それは『人類を守る』ためという倫理や道徳の話ではない。彼が自分の基準で守り、力を貸しているだけ。


「…王様って人間のこと大好きなんですね」
「たわけが。軽々しく我の考えを解釈しようとするな」


立香はしだいに恐怖が和らいで、こんな軽口を彼に言っていた。でもこれ以上は調子に乗らないようにしよう。
「ちなみに…今夜はどうして鎧を着ていないんですか?」
立香が聞くと彼は「少しは頭をつかえ」と言った。
「我はサーヴァントゆえ寒さの感覚はないが、貴様が触れてくっついたらどうする。冷たい金属にふれて凍れば、皮膚ごと剥がすことになるぞ」
「皮膚…!?」
立香は恐ろしい想像に声をあげた。そうか、濡れた手で氷を触った時と同じになるのか。
――でも、それって……私のために鎧を着替えてくれたってこと…?

「なんだ、気味の悪い笑みだな。間抜けづらをするか阿呆づらをするかどちらかにしておけ」
「どっちも同じです」

立香は夜の空気がとつぜん優しくなった気がした。緊張がほぐれたせいだろうか。王様の隣で星空を見上げる余裕ができた。
 天をあおぐ立香の後ろにはギルガメッシュ王が立っている。背後に立たれるのは苦手なのに、嫌だとは思わなかった。立香がよろめいても大丈夫なように立ってくれて居るのだろうか。

「先ほど話していた“星読み”だが」
今度は珍しく王様から話しかけられた。立香は振り向く。
「『カルデアの知恵』とは、占星術や天文学を指す。ギリシアやローマに占星術を伝えたのはカルデア人だと言われているからだ。
 バビロニアでは占星術が発展していた。その文明を受け継いだ彼らは、星を読むことで国の将来から自分の運命まで星の並びや動きで占うことができると信じた」
「どうしてバビロニアで占星術が発展したの?」
「おそらく神がいなくなったからだろう。神の言葉を得るために、星の動きから予兆を読み取ろうとしたのだ。」

立香は星をふたたび見上げた。星の並び、星の動き。真剣にそれを観察している古代カルデア人を思い浮かべた。
彼らから見れば、この星空は私の目に映るものと全く違って見えるだろう。

「貴様にはこの星空がどう見える?」
「どう……わかりません。ただ、私には綺麗だとしか」

立香は素直に答えた。目を凝らして真剣に見てみようと思う。だが星空は遠すぎて、息を呑むほど美しく、ずっと見ていると吸いこまれそうな錯覚に陥った。
急に足に力がはいらなくなって立香は「おうさま…」と助けを求めた。
「どうした?」
「すみません……急に足がすくんでしまって。手を握ってもらえませんか?」
厚かましい願いだったのに、王様はすんなりと手を握ってくれた。立香はなんとか深く息をしようとする。
――なんて、自分はちっぽけなのだろう。
無数に輝く星をみつめているうちに、とつぜん自分の小ささを感じた。すると突然、自分という存在の喪失感にとらわれたのだ。虚無感に足がすくむ。

「貴様はここにいるぞ」

彼は立香が何に恐怖を感じたのか理解したようだった。まるで存在を捕えるかのように、後ろから立香を抱きしめる。彼の体にきつく抱きしめられて、“自分がカタチを持って存在している”と実感した。
「深く息をしろ。手、足、ゆっくりと感覚を思い出すのだ」
彼の声だけが真っ暗な夜闇のなかに聞こえた。その言葉に従うと、だんだん手足の感覚が戻ってくる。地面にしっかり立っていることを思い出して、立香はおおきく息を吐き出した。
「…ありがとう、王様」
「無理に見ようとするからだ。“星読み”と我は言ったが、あんなものは学者たちが星の動きに理由をこじつけただけだ。星空それ自体は何の意味も持たぬ。」
ギルガメッシュ王は立香に言い聞かせるように耳元で囁いた。

「――何もない星空だからこそ、自分の心が映りこむのだ。お前は星空を見つめながら自分の心をみつめた。
 ……恐ろしくなったか?だが己の心を見つめながら、変えられないことを受け入れ、変えられることを変えられる勇気を願えばいい。」

「自分の心……」

その言葉に、ぽろぽろと涙が流れ出した。自分の心に常にあるもの。迷い、恐怖、絶望。真正面から受け止める器は自分にないから、心の中にあっても見ないふりをしている。
――見ないふりをしているだけ。

「………っ」
涙をながす立香をギルガメッシュ王はただ抱きしめている。彼の温かさと匂い、力強さ。
他者の存在を感じて、私は、自分のカタチを思い出す。
……ああ、私は一人ではないのだ。マシュやダ・ヴィンチちゃん、数多の英雄たちが私と共に闘ってくれる。
たとえこの身は小さくとも。


「ここまでの戦い、凡人にしてはよくやったものよ。その必死さに免じて少しばかり本気になってやろう。――言うまでもないが、貴様にだけ、特別にだぞ。」


ギルガメッシュ王は腕をほどき、立香の正面にまわって彼女を見下ろした。彼の肩越しに見えた星空はとても美しかった。



<Fin>


From fufu様
『是非ともギルガメッシュでお願いできればと思います。星に関するテーマだと嬉しいです。流れ星とか、星読みとか、なんでも芝様の書きやすいように書いて頂けたら満足です。』

とても良いお題でしたので、私の考える“FGOそのもの”を表現してみました。あと私は弓ギルの緊張感が好きなので術ではなく弓をチョイスしました。第二部前のお話です。
このあとちょっとずつ王様と主人公の距離が近づいて行って、気付いたら好きになっていた話も描いてみたいな……。
FGOも5周年ですね。素敵なお題で書かせていただき有難うございました!





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