その2



ウルクの街に不穏な空気がただよっていた。
日に日に増える、民の悲嘆。新郎は新婦を奪われ、親は子を奪われる。公平と慈愛に満ちた幼いギルガメッシュ王の治世は終わった。
窮乏をうったえる人々は神殿に殺到する。

「――立香様、どうぞお聞き届けください…!」
「王に、どうかご慈悲をとお伝えください!」

悲愴な声がひびく。奥にいた女性は、深々と椅子に身を沈めながら冷静な表情で聞いていた。やがて控えていた侍女に指示をくだす。
「弟――…ギルガメッシュを呼びなさい。」

数分もしないうちに彼は現れた。上半身は裸で下半身に鎧をまとい、腰には戦斧をさげている。気に入らなければ容赦なく叩き斬ってしまう彼の残忍さが表情に滲んでいた。

「姉上、お呼びになりましたか」
「ええ、陛下。お早く来てくださって大変結構です。その殺気、何とかしてくださいませんか。侍女がおびえて仕事になりせぬ」
「………。」
ギルガメッシュは無言で侍女を睨みつけた。その目は塵くずを見るようである。姉の立香は不愉快そうに眉を寄せた。
「――今もですが、外がうるさくて落ち着きません。民をわめかせるのは程々にしなさい」
「姉上、あやつらは何を言ってもすぐわめくばかりで……」
「黙りなさい。」

女性は立ち上がった。背は高く、ギルガメッシュには届かないが女性としては威圧感がある。長い髪が揺れて歩くたびに光を放った。
「…貴方は王。民がどうあってもまとめなければならないのです。不平不満を言われるようでは国の礎に傷がつきます。反乱が起きたらご先祖や神々にどう弁解なさいますか。」
「……はい。」
ギルガメッシュは大人しく頭を垂れた。その様をみて、女性はゆっくりと弟の頭に手を置く。
まるで幼い子供を叱るような仕草は、恐れ多くて目を覆うほどだ。静かにそれを受け入れている王も普段では想像できない姿だった。
「いいですね、ギルガメッシュ。民を上手にコントロールなさい。私を煩わせる事のないように。女であるゆえ、私は国からはいつ去ってもおかしくない身ですが」
「姉上……」

ギルガメッシュの姉である立香は適齢期をとうに過ぎていた。
本来であれば彼女も他の姫と同じく他国に嫁ぐはずだった。婚約者もいて親交を深めていたのに、直前になってギルガメッシュが相手の国を滅ぼしてしまい、以来ぷっつりと縁談がこなくなったのだ。
……私の評判が悪いせいでしょう。嫁ぎ先の国が滅んでは、縁起がよくありませんから。
彼女はそう言ったが、周りはギルガメッシュのせいだと知っていた。他国から縁談を持ち込まれても弟王が睨みをきかせるのだ。何度も縁談を申し込んだ王子の国など交易を止められ、土木工事によってユーフラテス河の流れを変えられてしまった。

「私が居なくなれば口うるさい存在も消えて清々するでしょう。でも姉がいる間は、弟に忠告をさせて欲しいのです」
立香は表情をゆるめた。「それともギル、大国であるエジプトのように姉弟で婚姻を結びますか? 異母姉である私なら可能かもしれませんね…」
ギルガメッシュは顔をあげなかった。無反応な弟に、姉は可笑しそうに声をこぼした。
「…冗談です、からかってしまいました。エジプトも形だけの婚姻のようですよ。すこし冗談が過ぎましたね。お許しくださいませ。」
「いえ……」

顔を下げたままの弟は。静かに、姉の言葉を聞いていた。
その心の内を冷徹な姉が知ることはない。

「大丈夫です、ギルガメッシュ。貴方が同盟を必要とするのなら砂漠の国にだって嫁ぎます。それまでは口うるさい姉を大切にしてくださいね。」
「もちろんです。」

立香はギルガメッシュの統治に苦言を呈するが、彼の理念に異論をとなえるつもりはない。むしろウルクを強い国に導こうとする弟を誇らしく思っていた。

「“弟を呼び出して叱る”のが私の役目ですが、それ以外の時も貴方を第一に思っています。
 貴方は王である前に、私の大切な弟。……愛していますよ。」
「ええ、私も姉上を愛しています。」


顔を上げて姉をみる弟の視線はいくぶんか熱を帯びていた。
ギルガメッシュを見つめる姉の瞳は、いつものように冷静だった。



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