act5



Act 5


そのニュースはカルデアのサーヴァントたちに衝撃を与えた。
『悲報!マスターが〇〇と一夜を共に…!?』
口に出すのがはばかる話題だからか、マスターに聞かれたら不味いからなのか、誰かが気を利かせて下手くそな新聞記事を作った。余計に嘘っぽく、あるいは本当らしく思えてくる。

さて、それはそんなニュースが駆け巡った直後のカルデア。
午後の食堂にて。
「…ありえん。絶対に、無かったと思うし思われる」
「いやいや、絶対にないってことは無いって」
「んー吾輩はあったと思うんですな、年頃の女の子ですから。多少なりとも嫌じゃなくて、若さゆえの過ちというか」
誰が会話しているのかはご想像におまかせする。
「で、問題は相手が誰かだ」
「僕は英雄王だって聞いたけど。そうなると、十中八九、処女だったけど無理やりされたってことだよね」
「当の本人は妙に最近、マスターを慕ってるけど」
「えっじゃあマスターがベットで英雄王を征服したっていう…!」

下世話な会話のなか、一人の偉丈夫がさっそうと立ち上がった。
「…私は、これで。皆さん会話は自由ですが、マスターの耳に入らないかだけお気遣いいただきたい」

さっきまで会話で盛り上がっていた3人の男性サーヴァントたちは、涼しげな彼の背中を見送った。
「……ガウェイン卿。まさか、彼だったりするのかな?」
「いやいや、卿なら堂々と宣言されますとも。なんせ乙ゲーのメインキャラ的存在ですから」
「まあ黙ってなさそうだもんな〜」



バタン。しっかりドアを閉め、ガウェインは部屋に誰もいないことを確認してから、渾身の力を込めて、枕を床に投げつけた…!
本当に、本当に…

くやしいーーーっっ
悔しい悔しい!
自分が相手じゃ無いかって??だったら堂々と宣言してやろう。陰でマスターに近づき、周りを出し抜いた奴など許さない!
ちなみに、もし…マスターが、立香が自分に甘えたいと言ってきたなら…!(脳内でイメージ展開中)

もちろん…喜んでっ!

ガウェインは脳内でさわやかに彼女をリードしながら、はずかしがる彼女や、うるんだ瞳で自分にすがる彼女を思い浮かべていた。
彼の唇は隠しきれない笑顔をたたえていた。

ちなみにこれは、ガウェインが脳内で勝手にカルデアの男性サーヴァントからとった統計なのだが(つまり妄想)、
男性サーヴァントはマスターの立香に迫られたら、ほぼ断らないのだ。

……だから、本当にガウェインは腹が立っていた。
誰なんだ? もし嘘であったとしても、噂される相手がいるということである。
20分ばかり飽きもせず彼は想像を働かせていたのだけれど、軽快なノックによって、目を覚まされた。

「…ガウェイン?いま、部屋にいる?」
「は、ここにおりますっマスター!」
まさに当の本人、である。
ガウェインは慌てて部屋を見渡し、枕を元の位置に戻し、机の上に小難しそうな本を開いた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「ううん。ごめん、読書中だったんだね」
立香は筆記体の英文で書かれた本をちらりと見て言う。
「忙しかったら後にするけど…」
「滅相もない。マスターのお助けになることが私の喜びですから」
ニコ、と白い歯が輝いた。立香は優しく微笑んだ。

「ありがとう。あのう、少し相談があって。
 前の特異点のとき、セイバーのサーヴァントをもっと育てる必要を感じたんだ。中でもガウェインは積極的に助けてほしい。
 だから、もっと絆を強くしたくて…」

――絆……。

ガウェインはさわやかな笑顔のまま、静かに脳内をフル稼働させた。
絆を強くする…うってつけの方法とは…。

「そ、そのう、それは私と…」
「忙しくなかったら、今日の夜、私の部屋に来て」



さて実は、その数分前に同じく立香が訪れた相手がいた。
そのサーヴァントも、立香からの発言に動揺を隠せず、廊下で立ち尽くしたまま深呼吸を繰り返していた。

「お、おかしい、まさか立香がそ、そんな……」
ランスロット卿。円卓で1、2を争う実力者である(加えてセイバー状態の彼は円卓唯一の常識人でもある)。
「そんな、ことは、立香が誘ってくるなんて…」

「――ええ。あなたの想像したこととは絶対に間違いますよ」

ランスロットは殺気を感じて振り返った。
平時のカルデア職員の衣装に、大きな盾を発動させた状態で下柄な少女が立っている。
「…マシュ!?」
「ちなみに何を想像してたんですか?」
眼鏡の下にあるのは冷ややかな殺気である。「早く答えてください。最近イライラして、手が出るのが早くなってるんです」

こんなに強い存在感のある少女だっただろうか。マシュとは立香と一緒にいるところでしか会ったことがなくて、以前は立香が彼女に「勇気を出してランスロットと話してみたら?」と囁いていた。
自分を目の前にすると、さらに遠慮がちになる少女だったのだ。

「えーーっと、今晩、立香が誘ってきたのは…」
「『誘ってきたのは?』」
「わ、私に仲良くなる方法を教えてほしいからだと…」
ふうぅーん、と、マシュは目を細めた。
「それで、何を教えるつもりだったんです?考えたんでしょう?」
すごく混乱していたところを、さらに若い娘に聞かれて動揺し、平然と嘘でごまかすことすらできなくなっていた。
「…よ、夜、部屋のなかで仲良くなる方法をだな…」
「へええ、楽しそう。もちろん私も参加していいですよね?」
「それは、こま…っ!!?」
ドン、とマシュは盾を床に打ち付けた。
「最近、ルチャリブレのプロレス技を習得しようと思いまして。私は盾が大きいから武器は持てないでしょう?ちょうど練習相手を探してたんです。
 親子の肉弾戦……真剣にやってみますか?」


ランスロットは大きく宣言した。
品行方正な方法で、絆を深めてみせると。



(さすがに…もう少し落ち着かないと…)

その夜、ガウェイン卿は甲冑を外した姿でマスターの部屋を訪ねようとしていた。
何か持って行くべきか。何を着て行くべきか。手慣れの自分がめずらしく落ち着かない。
彼は少女のために、疲れを癒すための僅かな甘味と、質素だがたくましさを見せる服装を選ぶ。むろん女性の部屋を訪れるエチケットとしてシャワーを浴びてきた。

彼が意を決してノックすると、野太い声が返ってきた。
「…誰だ?」

…いや、お前も誰だよ?
自分も、相手も、固まっている。
すると勢いよくドアが開いた。「あれ、ガウェイン卿?こんな夜分にどうしたんですか?」

どうしたも何も。ドアを開きにっこりと微笑むマスターの後輩を、ガウェインは心臓が止まりそうな思いで微笑み返した。「やあ、今晩は……」
「ええ、こんばんは。」
こんなに笑顔が怖い相手は初めてだ。
先輩が待ってますよ、と手を引っ張られて中に入ったが、その手は「絶対に逃しはしない」と必要以上の重みがあった。

「ありがとう!ガウェインも今日来てくれたんだね」
立香が椅子に座って手招きをする。手招きしている人はもう一人いる。
ランスロットだ。顔は暗く、紫の髪がいっそう濃く見えた。

「…来てくれてありがとう!それでは、絆を深めるために〜〜!
 今から家族ごっこを開始します!」

…家族ごっこ?
驚いて言葉を失ったガウェインに、立香は丁寧に答えた。
「ランスロットが擬似的に近いものを演じてみると良いんじゃないかって。お互いの位置関係も見えてきたりするらしいの。すごく斬新な発想だよね!」
さすが強い団結力で結ばれた円卓!
素直に目を輝かせて彼女は言う。「ちなみに、円卓でやったときガウェインってどんな役だったの?」
ガウェインは冷ややかな目でランスロットを見た。ランスロットは目線を避けた。
「…いや、私はやったことがないですね。
ランスロットはやってたのかあ、何役だったのかな、うん?」
彼は押し黙ったままだ。

「…ええと、じゃあね、」立香が役割をふりはじめる。「マシュは私の妹ね。ガウェインは…お兄さん役。ランスロットは…お父さん?」

「「それはダメだ(です)!」」

マシュとランスロットの声が重なる。
「おほん。…ガウェイン卿が、お父さんだと思います」マシュが提言する。
「そっかあ。
 じゃあ、ランスロットは……お母さんで!」

立香は笑顔で言い、第一回家族ごっこは始まった。



「あ、あなた。いつもお疲れ様です」
「おお。ありがとう、麗しの妻よ」

そこは、もっと!ガウェインは自分の奥さんに話しかけるつもりで言って!ランスロットはギネヴィアに言われたら嬉しい言葉を言って!
妙に演技にきびしい立香だった。そして、わずかに古傷をえぐる。

だが演技が深まると、邪な心は忘れ去られ、ガウェインは奇妙な集団の一体感を感じていた。

…あれ、自分ってお父さん的存在なのか……それもそれで、悪くないか…。


「…マシュ?マシュも、お母さんにちゃんと甘えなきゃ、ね?」
「は、はい……お姉ちゃんっ」



ちょっとだけ、ランスロットも、マシュも、幸せな時間になったのだった…。

マシュが実戦的なプロレス技を完成させたのは後日である。



<つづく>




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