“マーリンピックアップ”
それはFGOユーザーにとって最も心踊るピックアップガチャ※である。
※ふだんは排出されないキャラがごく稀に出るガチャのこと。
「マーリンを制するものは、すべての高難度クエストを制す。」
かの奈○きのこ先生も言っていた(たぶん言っていない)。
給料の全てをかけ、だがマーリンを手にできなかった勇者のなんと多いことか。
とにかくマーリン!何が何でも欲しい。最高に胸踊るガチャなのである。
ここにも、“絶対マーリンをGETする”ことを決意したFGOユーザーがいた。
藤丸立香。
彼にはぜったいにマーリンを迎え入れなければならない事情があった。
彼はFGOをはじめて4年…。
しかしまだメインクエストは1部の2章(北米大陸)しかクリアできていない。毎日ログインして種火集めをしているのに、いっこうに進“め”ない。
なにそれ、よっぽどのゲーム音痴?と笑われるだろう。
だが彼には深い事情があった。 それは…。
「せんぱい?無理はしないでくださいね?」
やわらかな巨乳の後輩が傍にいた。その他にも、様々な気配を部屋の中に感じる。
――そう。それは、ゲームの中だけの存在なのに、確実に“居た”。
さかのぼること4年前。
藤丸立香(当時16歳。高校生、一人暮らし)は野球の強豪校に進学するため、親元から離れて一人暮らしを始めた。夢を持って進学したが、過酷な練習と先輩からのパワハラによって体を壊し退部。しかし夢を応援してくれた地元の友達、中学校の先生に会う決心がつかず、目標を国公立大学進学に切り替えてそのまま都会に残った。
そんななか、クラスの友達が「おもしろい」と言ったスマホゲームが妙に気になった。
ーー過去の英雄をサーヴァントにして敵と戦うのか。
歴史モノも嫌いではなかったため、受験勉強の息抜きで手を出した。
――おもしろい。このマシュって子、かわいいなあ。
本当にこんな子がいたら、後輩として慕ってくれたら、辛い部活だって続けられたのかもなあ…。
翌朝、立香は異変に気付いた。
一人暮らしのはずの部屋なのに、だれかがいる。目を開けると、ピンク色の髪をした後輩がベットの中にいた。
その距離ゼロメートル。
立香があわてて飛び起きると、マシュだけではなかった。はじめてのユーザーサービスで十連したキャラが、皆さんお部屋にいらっしゃったのである。
いろんな意味での苦労が始まった。
初回十連ガチャで召喚したのは、マルタ、ナーサリー、クー・フーリン、清姫。
そしてマシュと、一気に5人が自分の小さなアパートの一室に召喚された。
まず、サーヴァントが霊体化できないか確認した(さいわい言葉は通じた)。
ところができない。
ネットで同じような現象が起きていないか調べた。
まさかヒットしなかった。
友達に相談しようと思ったが、そんな厨二病丸出しの話をするのが恥ずかしかったし、もし信じてもらえたとしても凄い騒ぎになる。解決策なんてあるのだろうか。
(もしかしてリアル聖杯戦争?)
そんなぶっ飛んだ考えが浮かんだが、1日中悩んで見た夕暮れはいつもと変わらず赤く美しかった。悩んでも仕方ないと思った。
ええい、あとは時間が解決してくれようぞ。立香はふつうの高校生活を送りながら、サーヴァントたちと共同生活をおこなうことにした。
立香も入れて6人で生活するのは本当に辛かった。
アルバイトをしてアパートをもう一部屋借りようと思ったが、高校生の立香に部屋をかしてくれる大家など存在しない。しかも住むの外国人だし。
だが幸いなことに、近くにあった八百屋の老夫婦は、一人暮らしの彼を心配し晩御飯を作ってくれる関係だった。
パスポートを無くし、記憶喪失になってしまった外国人を拾った(自分でも辛い作り話だった)ことを説明すると、
初老でボケかけた気のいい2人は、「困っている人を放っておけない」と住み込みで面倒を見てくれることになった。
二人に嘘をつくのは本当に辛かった。でも不思議なほど八百屋になじんだクー・フーリンを老夫婦にあずけた(現在も働いている)。
一人解決したが、さすがに何人も拾った設定にするのはマズイ。
残るサーヴァントのうち、マルタさんは事情を説明するとかなり同情してくれた。
本人は働く気まんまんだったが、近くのコンビニでは身分証明書を必要とされたし、あんな美人は目立ちすぎる。
身分証がいらないバイトを検索したが、キャバクラがでてきたとき「この仕事は何をするの?」と聞いてきたマルタさんに説明すらできなかった。
…しかし、ここでキリストもびっくりな事件に遭遇する。
ある日マルタさんと買い物をしていたところ、近くの動物園から脱走してきたライオンとばったり出くわした。
袋小路においつめられ、青ざめる人々の前で、マルタさんは背筋をのばして前へ進み出ると…まさか自分の身を犠牲にするつもりか…と思ったら、物理的な強力パンチでライオンを殴った!ライオンは、マルタさんの足に猫のように擦り付いた。
ここから、
「どこからともなく現れた超美人のおねえさんが物理的に猛獣を退治する」という都市伝説がうまれる。定期的におきる動物脱走事件(森の熊、サル、動物園のチーター、アナコンダ、ダチョウetce.)を解決するため、マルタさんの日本全国横断旅がはじまった。
…と全国まではいかなかったが、近隣で週一回はある動物脱走事件にマルタさんは出かける。そして立香がそれを撮影することによって、YouTubeによる広告収入が入るようになった(再生100万回越え『サイを指で止める美女』)。
さて、困ったのが清姫である。
彼女はぜったいに立香の家を出て行かなかったし、なんなら学校について行こうとした。それを(マルタさんたちの力も借りて)説得し、なんとかお家で帰りを待っていてもらうことにした。
マンション(大学生になり、親に内緒で広いマンションに引っ越した。家賃は自分で払っている)の前に立つとき、立香はいつも緊張してドアをあける。
「ますたあ(ハート)お食事?お風呂?まず私ですわよね?」
チャイムを鳴らす必要も一切ない待ち構え(虫の勘?なぜわかるのか)に慣れ、もう驚くこともないが…。
真っ暗な部屋でベットに入ったら、ひんやりした生身の女性が横たわっていたら絶叫だ。
立香は家の中でいつも貞操と命の危険を感じている。
※なお、マシュは家で家事お手伝い(ときどき図書館や公園)、ナーサリーはマルタさんと一緒に絵本やお絵かきをして平和に暮らしています。
前置きが長くなった。立香はそのうち自分なりのルールを仮定した。
1、召喚したサーヴァントは次の日に現れるということ。
2、同じサーヴァントを召喚しても、人数は増えないということ。
3、戦闘につれて行くには全員が同じ部屋にいなくてはならないこと。
6人での生活になんとか慣れ、サーヴァントたちを戻すヒントを得るため、FGOのプレイは慎重に続けた。しかし2章クリアの報酬でブーティカさんが来た(現実にも翌日)ことでまた混乱が生じた。
ブーティカさんだったことは幸いだ。しかし、このまま続けていてはどんなサーヴァントが来るか分かったもんじゃない。
立香はFGOのメインストーリーを進められなくなってしまった。
「先輩、私は今のままでも十分ですからね?」
マシュは“マーリンピックアップ”に全霊をかけようとするマスターを止めようとした。
「先輩が今の状態をなんとかしようとしていること、分かってます。
でも、私は先輩とこうやって暮らせる今の生活……幸せなんです。
もちろん、先輩に迷惑がかからないように頑張ります。
だから無理にガチャを回さなくていいんです。」
「マシュ…」
いや、問題あるんだよ。
後輩のやわらかな輪郭。重量級の丸みを帯びた巨山。
立香はある一点に集まってきた血液を必死に分散した。
青少年には女性サーヴァントたちとの共同生活が辛すぎた。とくにマシュが向けてくれる純情な思慕は、襲っても許してくれちゃうんじゃないかなーと思うような破壊力を持っている。
これは好きになるだろー。(棒読み)
立香は確かな恋心を後輩に抱いていた。
だからこそ…今回のピックアップガチャはやらねばならない。何回もガチャ爆死し、当たり(マーリン)が出るまで、使わない礼装、星3、星4のサーヴァントを引いたとしても。
――敵はガチャにあり!
立香は死ぬ気でガチャを押した。
〜ガチャ開始までの立香の貯金〜
精霊石:3510個
呼び符:579枚
〜呼び符召喚579回・十連ガチャ35回目の結果〜
礼装:省略
星3:
カエサル、ジル・ド・レェ(両方)、ロビン、エウリュアレ、ローマな人、メドゥーサ、牛若丸、アレクサンダー、メディア、爆弾の人、術フーリン、荊軻、呂布、ダレイオス、ダヴィデ、ヘクトール、ディルムット、たけしの人、錬金術の人、バベッジ、ジキル、子ギル、ジェロニモ、ビリー、小太郎、静ハサン、米俵の人、ベティ、大河
星4:
ジークフリート、デオン、エミヤ(両方)、アタランテ、マリー、カーミラ、ヘラクレス、ランスロット(両方)、タマモキャット、メディアリリイ、フィン、エレナ、ラーマ、ニトクリス、ガウェイン、術ギル、ネロ
星5:
アルトリア、モードレッド、三蔵、エルキドゥ、ナイチンゲール、ケツァル、テスラ
「せ、先輩…!もうやめてください!」
明日、僕は死ぬかもしれない。
残りの星は10個(3回分)。もう、有料で星を買うしかないかもしれない。
ここまできたら絶対に諦められない…!!
金回転が光った。
果たして。結果は。
「――こんにちは、カルデアのマスター君。
おや、だいぶ疲労しているね?」
それから一時間後。立香は明日から水ともやしを食べることを決意して回した、そのときだった。
マーリンはふっと現れた。
しかも、その場でリアルに。次の日に現れるというルールを破って。
「ずいぶんと僕につぎ込んでくれたみたいだね。そんなに僕を頼りにしてくれるとは。グランドマスターの名に恥じない活躍…はできないけど約束は…
――って、え?」
立香は五体投地した。
「頼む!!マーリンにお願いがあるんだ!」
きみに宝具を展開してほしいんだ!!」
…どうしてこれほど立香がマーリンを欲しがっていたか、するどい読者の方にはわかっただろう。
宝具『ガーデン・オブ・アヴァロン』
NPとHPが回復するユーザー垂涎の宝具だ。
しかし彼の目的はそれではない。そのとき、マーリンの背後には物見の塔(マーリンが幽閉されている?塔)が出現する。
「頼む!出てきたサーヴァントをあの塔に収納してくれ!」
「君はあの幽閉塔を四次元ポ○ットと勘違いしているのか」
マーリンは無駄イケメンな顔に憂鬱な表情を浮かべた。
「マスターのために全力を尽くすのがサーヴァントだけど…
ぜったいに嫌だよ 」
「そ、そんな…!」
「むしろなんで僕が良いと言うと思ったの。そんな沢山入れる塔じゃないし、僕だって個性の強い奴らと一緒に暮らすなんてまっぴらさ!
ま〜どうしても、っていうなら、アルトリアなら、だけど、さ…」
雑念混じりの発言に、立香は絶望を通り越して怒りが湧いてきた。
「じゃあ、どうしろっていうのさ!僕だって君の助けを貸して欲しいのに!」
まるでドラマみたいにひざをついて屈み、嗚咽をあげた。
先輩、とマシュがかけよる。
「あの、マ、マーリンさん。突然呼び出されて事情がわからないと思うんですけど、先輩は4年間もこの状態だったんです。私たちが現れてから、彼は生活のすべてを私たちのために犠牲にしてくれたんです。
…どうか、わかってあげてください」
マシュはうろたえていたが、先輩を助けるチャンスを決して逃さない、という様にマーリンをまっすぐ見据えた。
「その……。僕だって、マスターを助けないとは言っていないよ」
マーリンが居心地悪そうに返した。
「悪かった。君の事情を知らずに、ばっさりと断る様に言って。
冷静に考えれば、必ず解決方法があると思うんだ。だってサーヴァントが何の魔力供給減もなく現界するなんて異常事態だろ。
聖杯がどこかに必ずあるんだ。それを回収すれば、君が巻き込まれている問題も必ず解決できると約束しよう。」
ここからはざっくりと書くが、マーリンの助けもあって聖杯はあっさり見つかった。
なんと、それは、立香の“携帯”に宿っていた。
「現代版の、人類の理想の万能機(器)というヤツだね」
あっさり見つけることができて、マーリンが得意げに言う。
「立香くんはおぼろげだけど魔術回路を持っている。それが反応したんだ。君、サーヴァントが現界するきっかけになった願望を願った記憶はあるかい?」
「えっ、4年前のことなんて…」
――このマシュって子、かわいいなあ。
本当にこんな子がいたら、後輩として慕ってくれたら、辛い部活だって続けられたのかもなあ…。
立香は胸の奥にあった痛みに気づいて、思わずぎゅっと手を握りしめた。
「マーリン。聖杯を取り出すには、どうすればいいの?」
「そうだねえ。物理的に宿っているものを壊すか、持ち主の願望が叶って聖杯が用済みになれば分離するよ」
「――わかった。」
立香は、息を吸い込んで立ち上がった。慕ってくれた後輩が心配そうに自分を見つめている。
この、4年間。大変だったけど、かけがえのない友達になり、家族になり、自分の一部になった。心配もしたけど、心配もされた。大切な大切な宝物だ。
でも、この魔法は、一瞬で消えるのだろう。
「…マシュ。僕に、『頑張れ』って言って欲しいんだ。
『諦めないで、またもう一回野球を始めてみたら』って言ってくれるかい?」
「……先輩…はい、分かりました。」
虹色の輝き。一瞬で真っ白になった世界は、跡形もなく夜の静けさに飲み込まれた。
広い部屋。
自分の呼吸の音しかしない。
最後まで、かっこつけたな。
大事な後輩の前でちゃんと涙をこらえられて良かった。
――大丈夫、僕は4年間で成長した。
明日から、また頑張れる…。
涙を拭ったあとの顔は、すっきりと晴れていた。
「いや、まったく!ダ・ヴィンチ、酷い平行世界だったよ!」
マーリンは悪態をついた。
「君が緊急事態だからって言うから行ったけどさ、僕らのことがゲームになってて、しかもあんな一般マスターが4年も巻き込まれて!気の毒になっちゃったよ。
あの藤丸立香くんだけど、彼にはカルデアに来てもらうしかないよね。
またもう一回サーヴァントに囲まれるなんて嫌だと思うけどさ…」
マーリンは、立香が最後に後輩を見つめた時の表情を思い出した。
「……いいや。意外と、喜んでくれるかもしれないね。
少しだけ時間をあげて、彼が思い残したことをやり遂げてから、ここに来てもらえば…」
そのとき、先輩は、後輩に。
後輩は、先輩に。
勇気を振り絞って言い残したことを伝えるのだろう。
おわり。