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目を覚ませば、夜の渓谷に、土下座する女。
うん、想像しただけでシュールだと分かるけれど。
何をそんなに驚いてらっしゃるのかしら?
「あ、えーと!顔を上げろよ!」
「はい」
「あ、お前っ!ヴァン師匠に襲いかかってきた…!!」
「はい」
「……誰だ?」
私に指を突きつけながら、
ことりと首を傾げる。
――うん、何だか可愛いのだけれど、どうしようかしら。
もう一度、頭を垂れて、名乗る。
「私は、神託の盾騎士団、モース大詠師旗下、情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「えー…と、名前はなんつーんだよ?」
肩書と名前の区切りが分からなかったらしい。
まぁ、そうよね。
情報に拠れば、ルーク様はお屋敷に軟禁されていらっしゃったようだし、
他国の(ダアトは国とは呼べないかも知れないけれど)軍事編成なんて知らなくて当たり前。
知らない単語の羅列に聞こえたわよね。
「ティア・グランツです」
「ティア、ね…。ふーん、って、グランツ!?師匠の家族かよ、お前!?」
「はい、ヴァン・グランツ謡将は私の兄です」
「じゃあ、なんでわざわざ、うちで襲ったんだよ!自分家でやれよ!!」
うーん、ごもっとも。
と、私が納得しても仕方ない。
ファブレ公爵邸で兄を襲ったのにだって、理由がある。
「確かにその通りです。
しかし、私には何としても、兄を討たねばならない理由があるのです。
ですが、私と兄の実力差から言って、返り討ちにあうことは分かっています。
そこで、畏れながらファブレ公爵邸で兄を襲ったならば、私だけでなく兄も罪を負い、罰を受けるのではないかと考え、この度の事態が起きてしまいました。
私の勝手な考えで、貴方様を巻き込んでしまいましたこと、誠に申し訳ありません」
私が語っている間、一言も発しなかったルーク様は、私をじっと見て、仰った。
「なんでヴァン師匠を襲ったのかは、教えてくれないんだな…」
「はい、申し訳ありません。
その理由をお話しする際に、教団の機密に触れてしまうのです」
本当に自分勝手だとは思うけれど、私には全てを明かす権限はない。
ぐっと、更に頭を下げると、ルーク様の溜め息が聞こえた。
「……ルークだ」
「……え?」
思わず顔を上げ、ぽかんと問い返してしまう。
すぐに失礼に当たると気付き、頭を下げたが。
「お前、知ってそうだけどさ、オレの名前は、ルーク・フォン・ファブレ」
お前みたいに長ったらしいのはないけどな。
そう、ぶっきらぼうに仰って、ルーク様はぷいとそっぽを向かれた。
――何だろう、
この可愛い生き物は。
そう思ってしまった私に、
罪はないと思うわ。
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