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「……………………」
いや。
これはマズイでしょう。
決死の覚悟をしていた筈の私は、冷や汗をだらだらと流して固まってしまった。
*****
「裏切り者ヴァンデスデルカ、覚悟!」
やはり、神託の盾の制服だけでは油断してくれなかった優秀な門番や、護衛の兵士たち、メイドらを眠らせて、ようやく兄を中庭に見つけた。
忍び寄ったところで、どうせ気付かれるのだから、気合いを込めて叫びながら斬りかかる。
こんな小さなナイフで、兄を殺せるとは思っていない。
所詮、投げナイフなのだから、殺傷能力は高が知れている。
毒を仕込もうかとも考えたけれど、投げた時に余人に当たらないとは限らないから、諦めた。
ナイフが刺さり、怯んだ兄の急所を杖で殴って気絶させ、予備のナイフで首を掻っ切る。
これが私の立てたプランだ。
その後、私は捕縛されるだろうけれど、それも計画の内だから、構わない。
けれど、現実は甘くなかった。
ナイフが刺さり、怯んだ兄を殴ろうと杖を振りかぶったところで、人影が兄の前に飛び出してきた!
振り下ろした杖の軌道を逸らそうとして、それより早く、人影の翳した木刀を杖が打つ。
力が拮抗した、その一瞬。
音素が集束するのを感じる。
そして。
慌てる暇もなく、集束した音素が、
弾けた。
「ぅ…ん…」
冷たい風が頬を撫で、肌寒さに私は目を覚ました。
――此処はどこ?
辺りを見回せば、既に暗くなった空、切り立った崖、眼下に黒々とした海、皓々と輝く月、白く照らされるセレニアの花々、その間に見える長い髪……。
………え、髪?
慌てて近寄れば、その人は健やかな寝息をたてていて、ホッと息を吐く。
で、誰なのだろう、この人は。
呼吸を確認して安堵し、ふとその長い髪が目に入る。
……何だか、赤く見える。
身に付けているものは、上等な生地の一級品。
バチカルにいた私が、自然豊かなこの場所にいるのは、恐らく私と彼の間に、疑似超振動が起きたからだと考えられる。
では、あの場所――バチカルのファブレ公爵邸――にいたであろう、赤い髪の青年とは……。
私は、血の気が引く音と言うものを、始めて聞きました。
*****
そして、冒頭に戻る。
「………………。」
ルーク・フォン・ファブレ様を誘拐(事故)してしまいました。
どうしよう、ダアト滅んでたら。
――取り敢えず、死のう。
そう思い付いたが、ルーク様を御守りする者がいなくなってしまう。
ルーク様をバチカルまで御守りするのが、私の今の最優先だと決意した。
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