買い物
市場。
ルークは、初めて目にする光景に、ドキドキしっぱなしだった。
「ティア!すげーいっぱい、人がいる!」
「そうね。エンゲーブの作物は、美味しいから」
隣にいるティアも、心なしか楽しそうに見えて、ルークはもっと興奮する。
――やっぱり、市場って楽しいとこなんだな!
「なぁ、ティア。あのリンゴ、美味そうだな!」
「えぇ。ルークは、リンゴ好き?」
ニコ、と返されて、ルークはちょっと考える。
「んー、そんなに、好きでも嫌いでもねぇなぁ」
「そう?」
ティアは、不思議そうに首を傾げた。
ルークの視線は、リンゴから離れないのだ。
じーっと赤い果実を見詰めるルークに、ティアは声をかけた。
「あのリンゴ、買う?」
「え、買うのか!?」
ルークは、途端にキラキラとした視線を、ティアに向ける。
「えぇ、そんなに高いわけでもないし、良いわよ?」
言いながら、ティアはその露店に足を向けた。
その後を、ルークが追ってくる。
「そのリンゴを2つ、下さい」
「あいよ!80ガルドだな」
「はい」
ティアが店主に、ガルド硬貨を渡す。
それと引き換えに、受け取ったリンゴを手に、ルークを振り返れば、ルークは先刻より輝かせた目で、ティアを見ていた。
「ティア!さっきの、何だ!?」
「え?さっきの…?」
何か、特別なものがあっただろうか、とティアは思い返す。
「さっきの、あの、キラキラしたヤツだって!」
「キラキラ…?あぁ、硬貨のこと?」
「こーか、っつーのか?」
ティアが確認すれば、ルークはことんと、首を倒す。
「えぇ。初めて見たの?」
「お、おぅ…」
ルークが、決まり悪そうに視線をずらす。
「――ルーク、こっちでリンゴ、食べましょ?」
ティアは、唐突にルークの手を引いて、水車の近くの土手に座った。
ルークも、隣におずおずと座る。
ティアは、ルークにリンゴを一つ渡し、辺りに人がいないことを確認して、口を開いた。
「公爵家ほどの大貴族なら、こんな小さな額の硬貨、あまり扱わないし、ルークが知らなくても、仕方のないことよ。
あまり気にしないで?」
「そうなのか?」
「そうよ。第一、公爵家の買い物では、こんな市場に出向くことは、滅多にないと思うし」
「ふーん?」
そう呟いて、ルークはリンゴをじっと見詰めた後、カプリとかじり付いた。
「ん!美味い」
「そう?じゃあ、私も…」
ティアも一緒に、しばらく無言でリンゴをかじった。
一息吐いたところで、ルークがティアに向き直った。
「なぁなぁ!」
「え?」
ティアが顔を上げると、それはそれは溢れんばかりの好奇心に輝いている、ルークの顔があった。
「な、何かしら…?」
「オレも買い物、してみてぇ!」
そのキラキラした表情に、ついティアは財布を開いた。
*****
『良い?100ガルド、あげるから。
お店の商品に張ってある値段を、きちんと確認して、100より小さい数におさまるか、確かめるのよ?
それから、知らない人にはついて行っちゃダメよ?』
一人で買い物してみたい、と我が儘(とルーク自身も分かっている)を言ったルークに、ティアはそう何度も言っていた。
ルークは、手の中の100ガルド硬貨を、強く握り締める。
「なぁに、買おっかなー!
お!コレとか良くね!?かぁっこいー!!」
ルークは、シンプルなブレスレットを手に取り、ティアに言われた通り、値段を確認した。
「120ガルド…。ちょっと、足りてねぇなぁ…」
値切りなんて知らないルークは、ちょっぴり肩を落とした。
「コッチの武器は…ダメだな、買えない…」
ルークは、食材屋までやって来た。
そして、ようやく、自分が買いたいと思えて、かつ、100ガルドにおさまるものを、発見したのだった。
*****
「ティアー!!フォークって持ってるか!?」
土手に座って待っていたティアの元へ、戻ってきたルークの第一声は、これだった。
ティアは、少し面食らってしまう。
「え、えぇ、あるけど。
どうしたの?何か買ったの?」
「おぅ!じゃーん!!へへー、イチゴとミルクだぜ!」
ルークは、イチゴとミルクをそれぞれ二つずつ出した。
「オレ、ミルク嫌いだけど、イチゴミルクなら飲めるんだ!
ってことで、ティア!」
「な、何?」
ティアは、ルークの勢いに押されて、返事する。
「深い皿と、フォーク、貸してくれ。
イチゴ潰して、イチゴミルク作るんだ!」
その純粋な眼差しに、ティアは深皿とフォークを渡した。
そのまま、じっと見ていると、何を勘違いしたのか、ルークがあっ、と言う。
「イチゴなら、食材屋のおばちゃんが洗ってくれたから、汚くないぜ?」
「――そう、良かったわね。
こっちは、私の分かしら?」
ティアは、ようやく呆然とした状態から戻り、ルークの買ってきたものを受け取った。
皿の中で、リズミカルにイチゴを潰しながら、ルークは楽しそうに笑った。
「買い物って、楽しいな!」
*****アトガキ
卒論終了リクエスト作品です。
迩亜様、リクエスト、ありがとうございました!!
楽しんでいただけたら、嬉しいです
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[mokuji]
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