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艦橋は、物々しい空気に包まれていた。

タルタロスが、魔物――グリフィンの背に乗ったライガなど、聞いたこともない――に、襲われていたからだ。

その上、人間まで襲撃に参加しているらしく、剣戟まで聞こえる。

――丁度良い、とジェイドは思った。

この襲撃が何処の手の者によるのか、わざわざ調べる手間が省けると言うものだ。

「私も出る。
不在時の指揮は、艦長に一任する」
「はっ。了解致しました!」

ジェイドは、最も混戦を極めている甲板に向かった。



*****

「――陛下。我々は、和平を結びに行くのでしたよね?」
「おぅ、そうだな」

グランコクマ出発前に、ジェイドが自身の荷物を運び込むよう言われたのは、最新鋭の陸艦タルタロスだった。

「これは、陸艦に見えるのですが。私の目が悪くなったのでしょうか?」
「いや?正しく陸艦だな」

ピオニーが真顔なのが、とても腹立たしい。
と言うより、何故、皇帝が此処にいるのだろう。

執務はどうした、と訊いて逃げられるくらいなら、確実に捕獲して、大臣方に引き渡す方が良いか。

そう結論付けたジェイドは、特に表情を動かすでもなく、言う。

「これでは宣戦布告に来ました、とキムラスカへ言っているようなものでしょう」
「やっぱりか?」

ピオニーは溜め息を吐いて、いやしかしなぁ、などと呟く。

「ケセドニアを経由して、海路で向かう方が良いのでは?」
「うーん…そっちには囮を出そうかと思っててな」
「囮……ですか」

マルクト国内にも、和平反対派はいるのだ。
そして、過激な連中も、何処にでもいる。

「それとな」
「はい」
「アクゼリュス救援のためでも、ある」
「…………」

アクゼリュスには現在、障気が溢れていて、健康状態などで避難出来なかった者や、避難後の行き先がない者が残っている。

和平の親書には、それに関する協力要請も含まれている。

「恐らく、アクゼリュスに残っている者たちに、時間はあまり無いだろう。
和平締結後、此方から兵を出すより、お前が直接向かった方が早い」
「……それは」

その通りなのだが。

「大丈夫だ。カイツールに馬車を用意させておく。
マルクトから出てしまえば、和平反対派も手出しは出来ん。
アクゼリュスに向かうにも、カイツールは通るしな」

ほれ、荷物載せろ、とピオニーに言われ。
ジェイドは、御意に、と頭を下げた。



*****

そんな理由で、和平に似つかわしくない陸艦に乗っている、和平の使者ジェイドは、異変の第一報を聞いた時に、訝しげに眉を寄せた。

「魔物……だと?」
『はっ。後方、四時の方角より、空を飛ぶ大量の、グリフィンとおぼしき影が接近中。
およそ、15分後に接触します』

見張り台から繋がる伝声管越しに報告する兵士に下がるよう言い、ジェイドは眼鏡のブリッジに指を当て、少し考え込んだ。

(グリフィンは、単独行動をとる魔物の筈だ。それが群れている、と言うことは、何らかの……恐らくは人為的な力が働いている、と考えるべきだろう。そうでないならば、一方向から現れるのは可変しい。
和平反対派……にしては、妙だ。
まさか、神託の盾?アニスの流した情報は、不完全ではあったが、進路を推測することは可能だ。
そして、魔物。妖獣のアリエッタなら可能、か)

そこまで考えて、ジェイドは首を振った。
今は、犯人探しよりせねばならないことがある。

「タルタロス、加速せよ!
グリフィンを振り切れ。
念のため、護衛任務にない者は、戦闘配置に。
主砲発射の準備もしなさい」
「はっ!タルタロス、加速します!」
「護衛任務についていない者は、総員戦闘配置!」
「主砲発射準備を開始します!」

非常事態を知らせるサイレンが鳴り、伝声管により戦闘配置につくよう命令が伝わる。
慌ただしい足音が、甲冑の立てる音が、微かに空気を震わせる。
体に僅かに負荷が掛かり、タルタロスが加速したことが分かる。

しん、と緊張した空気が、艦橋に満ちる。

艦橋から見えるのは、前方のみ。
後方から迫っている筈のグリフィンの様子は、確認出来ない。


振り切れたのか。
それとも、


見張り台からの伝声管が、再び音を立てる。

『師団長、報告致します!』
「何だ」
『グリフィンの群れは、一度引き離したものの、未だ諦める様子はありません!
10分後に、接触すると予想されます!』

ジェイドはぴくり、と眉を震わせた。

『また、先程、グリフィンの背にライガを確認!』
「……人間は」
『ハッキリとは視認出来ておりません』
「分かった」

肉食であるライガとグリフィンが、協力体制にある。

この一事だけで、視認出来てはいないものの、人為的であることだけは確実だ。

また、タルタロスが加速して、なお追い縋れるとなると、先刻までは手加減して追っていたと言うことになる。


――何のために?


ジェイドは拡声譜業を起動させ、ちょっとした賭けに出た。

「そこの神託の盾騎士団、止まりなさい!!
此処はマルクト領内です、此方の指示に従いなさい!」

艦長が、ぎょっとした様子で振り返る。

「師団長!?」
「彼らは、すぐにも追い付ける筈なのにも関わらず、我々を此処まで逃がす茶番劇を行っていた。
何の目的があってのことかは知らないが。
そろそろ、此方から行動を起こすべきだ」

そうジェイドが告げると同時に、見張り台の伝声管から報告が届く。

『師団長!グリフィンの群れが急に速さを増し、間もなく接触します!!』
「主砲発射!!」

ジェイドが鋭く命じる。

「はっ!主砲発射!!」

復唱、のちタルタロスが大きく揺れる。

少しの間を置いて、数回小さく振動が続く。

『グリフィンから、ライガ降下!及び、神託の盾の者とおぼしき兵も確認!!
交戦状態に入りました!』

(やはり、)

神託の盾であることは、見当が付いていた。

しかし、差し向けた者と、目的が判然としない。

兵士がいるのなら、捕らえて訊けば良い。
そう…、些か強引にでも。

「私も出る。
不在時の指揮は、艦長に一任する」
「はっ。了解致しました!」

――出来るだけ早急に、解決せねば。

守るべき人が、いるのだから。




*****アトガキ
タルタロス、ジェイド視点です。
あと少しで、タルタロスも終わるかな、と思います。

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