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アニスの部屋周辺は、人払いが為されていたにも関わらず、妙に騒がしかった。

別段、兵士が集まっている訳でもなく、単にアニスが騒いでいるだけだったが。

ドアを乱暴に叩きながら、叫ぶ声が通路まで響いていた。

「ちょっと!出してよ!!つーか、あれ返しなさいよ!ねぇったら!!
――あれ…、あれがちゃんと届かないと……!」
「――届かないと、どうなっちゃうんですかぁ、アニス?」

悄然と床に座り込んだアニスの前で扉が開き、青いブーツがアニスの視界に入る。

慌てて顔を上げれば、表情を無くした――だからこそ、怒りの度合いの知れる――男が立っていた。

「た、大佐……!」
「はい♪――さぁ、早く答えなさい。あの機密情報だらけのお手紙が何処に届かないと、何がどうなっちゃうんですか?」
「あ…、あの……!」

ガタガタと体を震わせながら、アニスの目は宙を泳ぐ。

ドスッ、と音を立てて、槍の穂先が床に突き刺さった。
その柄はアニスの目の前にあり、風圧で切れた前髪が数本、はらりと落ちた。

アニスが見上げたジェイドの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいるが、瞳の奥が燃え滾っていた。

「急いで答えないと知りませんよぅ?今の私はこれでも、とても怒っているんです。
下手すると何を仕出かすか、解らないんですよ?」

あくまで優しげな声に、アニスは息を呑んだ。

すっ、と振りかぶられる槍を見詰めて、アニスは声を絞り出した。

「――モースが……」

ジェイドは槍の動きを止めたが、視線を床に落としたアニスは気付かないまま叫んだ。

「モースが、アイツが全部悪いの!!アイツ、アイツ……!イオン様のこと、全部報告しろって、じゃないと、パパとママを売り払って、金にしてやる、って…!!
出来るだけ、当たり障りのないように、イオン様の体調と、何処に向かうかしか報告しなかったら、今度はもっと詳しく報告しろって。だから、だから……」

俯いて啜り泣くアニスを、ジェイドは冷たく見下ろした。

「では貴方はご両親を、イオン様を売ることで、更にはこのタルタロスの情報を売ることで助けたい訳ですか」
「ちっ、違……っ!」

咄嗟に顔をあげたアニスは、氷よりなお冷たいジェイドの瞳に出会って、再び項垂れた。

「――違いません、ね……。
でも、違うんです。――どうしたら良いか、分かんなくって……」
「人に相談すれば良いんです」
「え……」

ジェイドは槍を右手にしまい、アニスに背を向けた。

「モースがイオン様の動向を、ひいてはこのタルタロスの動向を――或いは、和平の使者の動向を気にしている。
それさえ分かれば、こちらにも手の打ちようがあります」
「大佐……」
「よく一人で耐えました。
今度からは、モースの指示を、私にも知らせて下さい。
それから、イオン様にもお知らせした方が良いでしょう。
――自分で報告できますか?」

振り返ったジェイドの凍っていた瞳が和らぎ、アニスを労っていた。

緊張が解けて、アニスはボロボロと涙を溢しながら、激しく頷いた。

「はい……はい!!
イオン、様には、私からっ、報告します…っ」
「はい、良く出来ました。
落ち着いたら、イオン様にお会いして下さい」

あぁ、それから、とジェイドは続けた。

「イオン様をチーグルの森に向かわせた職務怠慢については……」
「それっ、は……あの……」
「モースに報告書を飛ばしていたんでしょう?」
「……っはい…」

アニスは再び居たたまれなさそうに俯いて、頷いた。

「貴方の職務怠慢を受けて、貴方にはしばらく見張りを付けさせていただきます」
「……はい」
「それでしたら、モースにろくな情報を与えられなくても、仕方ないでしょう?」

ハッ、とジェイドを見上げれば、彼は実に悪どい表情で笑っていた。

「……っ、はい!そうですよね!!
見張られてちゃ、情報なんて流せないですね!!」
「えぇ、そうですよねぇ。やむを得ないですもんねぇ」

クスクスと笑っていたアニスは、勢い良く立ち上がり、

「あたし!イオン様にお会いして来ます!!」

と、決意表明した。

「はい、行ってらっしゃい」

穏やかに見送ったジェイドは、少し表情を険しくして、艦橋に向かった。



*****アトガキ
アニス、救済。……か?
両親の内、父親(オリバー)は内蔵を売るか、研究所に実験台として売り、
母親(パメラ)は、女郎として売るか、普通に女中として売る、とモースは脅してました。
次はルークのタルタロス見学ツアーです。

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