3

エンゲーブは、非常に活気のある村だった。

「なぁ、ティア。あれ、何してんだ?」

ルークは珍しそうに、多くの人が行き交う場所を指差して、ティアに訊いた。

「あれは、市場よ。あそこで、食料品を商人が買い、他の町で別の商人に売り、そしてまた、他の町で別の商人に売って、そういったことを繰り返して、貴方のお屋敷に食料は届いていたのよ」
「へぇ〜…じゃあ、あそこが食い物の出発点か」
「いいえ、違うわ」
「あん?じゃー、どこだよ」

自分なりにまとめた答えを否定されて、ルークは不満そうにティアを見た。

「こっちに来てみて」

ティアは、ルークを連れて、市場への道を逸れ、左へと歩いていった。





「見て、ルーク」

そこには、柵の中に背丈の高い草がたくさん生えていたり、条状に土が盛られていたりする光景があった。

「ルークのお屋敷には、こんな庭、あった?」
「いや…、ねぇよ……」

青々と茂る植物が、風に一斉に揺られる美しい様に、ルークは目を奪われていた。

「すーげー……。
すっげーな、ティア!」

ルークは興奮にキラキラした目で、ティアを振り返った。

ティアは優しく微笑み返し、柵の中を指差した。

「ルーク、ここが畑よ。
野菜などは、ここで作られるの。この植物は、とうもろこし…コーンと言えば分かるかしら?」

ティアは、貴族がとうもろこしをなんと呼んでいるのか分からず、ルークに尋ねる。

「コーンスープとかの、あの黄色いヤツか?」
「そう。そのコーンよ」
「はぁ!?これが!?でも、黄色くないぜ?」

ルークは、とうもろこしを訝しげに見上げる。

「コーンは、この植物の実だから、今は無いだけよ。
きっと、もうすぐしたら、コーンの子供が出来るんじゃないかしら」
「コーンの子供?」

ティアは、熟していない実をどう説明して良いか分からず、思わず『コーンの子供』などと言ってしまった。

案の定、ルークは首を傾げる。

「ルークの知っているコーンは、黄色いわよね?」
「おぅ」
「コーンの子供は、緑色なの。
その子供を、エンゲーブの人が大切に育てると、黄色いコーンになるのよ」
「へぇ〜」

ルークは納得したように何度も頷くと、何も植えられていない、農夫の耕している畑を指した。

「なぁ、ティア。あれは、何してんだ?」
「あそこは、まだ何の食べ物も育てていないの。
だから、耕す、と言って、土を柔らかくして、食べ物を育てる準備をしているのよ」
「そうなのか」
「そう。貴方のお屋敷の食料品の、本当の出発点はここなのよ」
「そうだったんだな!」

ルークはキラキラとした瞳をティアに向けて、楽しそうに笑った。





*****


その後、二人は市場へ行ってみた。

買い物を知らないルークに、少しだけお金を持たせて、欲しい物を選び、金額を見て、お金と交換する、と言うことを体験させて以来、ルークは買い物に興味津々なようだったが、
日暮れも迫っていたことだし、宿屋へと向かった。



「食料泥棒は、チーグルらしいぜ…」
「チーグルが?でも、肉も盗まれてたんだろ…?」
「だが、倉庫の床に、チーグルの毛が落ちてたとか…」


宿屋の前で、農夫らしい、体格の良い男達が立ち話をしていて、ティアは困ってしまった。

「あの、すみません。
そこを通りたいのですが」

男の一人が声に気付き、ティアを振り返った。

ティアはもう一度、口を開いた。

「すみません、宿に行きたいのですが」
「あぁ…、すまんねぇ、お嬢さん。邪魔して悪かったな」
「いえ」

ルークは、昨夜の疲れに、今日のはしゃぎ疲れがプラスされて、既に目が半分閉じていた。

そのため、ティアは早くルークを休めたかったのだ。


空き部屋が一つしかない、ということで、二人は同じ部屋になったが、ルークを一人にしておく方が心配だったティアにとっては、願ったり叶ったりだった。

「ルーク、上着を貸して。
ボタンを付けるわ」
「おぅ」

上着を脱いでティアに渡すと、ルークはボスッと音を立てて、ベッドに転がった。

ティアは、荷物の中からソーイングセットを出すと、慎重にボタンを付ける。

服が縫われている様子を初めて見たらしい、ルークが起き上がって、ティアの手元をじっと見詰める。

20分もすると、ボタンは元の位置に付けられ、金色に輝いていた。

「はい、ルーク。出来たわよ」
「ん」

ルークは上着を受けとると、早速袖を通した。

「おぉ、スゲー!!元通りだ!」

ルークは嬉しそうに服を見下ろしていたが、ふと黙ると、言い難そうに口をモゴモゴさせた。

「……そ、その……サンキュ…」

ティアから精一杯、目を逸らし、小声で言われた礼に、ティアは一瞬目を丸くして、すぐに優しく微笑んだ。

「どういたしまして」










*****アトガキ
ルークの買い物の様子は、番外編で書くかも…

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