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「では、ルーク様」
「なぁ、ティア」
そろそろ出発しようと、ルーク様に声をお掛けしたら、ルーク様のお声も重なってしまった。
「……何でしょう、ルーク様」
「えっ、あっ、やっ、その…ソレ、止めねぇ?」
バツが悪そうに、ルーク様は視線を泳がせた。
「ソレ?とは、何でしょう?」
「その話し方とか、様付けんのとか。何か、遠い感じがして、ヤなんだけど」
「ですが……」
敬語を使うなと仰られても、身分の差を考えると、ちょっと従いづらい。
「あーもーっ!ウゼーっつーの!
オレが止めろっつったら、止めろ!!良いな!?」
ルーク様は癇癪を起こして、怒鳴られたけれども。
――遠い感じ。
つまり、距離を置かれて寂しいと、そういうことかしら?
「分かったわ、ルーク。
敬語は使わない」
私がそう告げると、ルークはホッとしたように、少し目を細めた。
「でもね、公の場では敬語で話すから」
「えーと、王族は平民と気安く口をきいてはならない、だっけ」
恐らく家庭教師に教わったのだろう事を、ルークは思い出したらしい。
「えぇ、そうよ。
そして、その逆でもあるわ。
平民は、王族と気安く口をきいてはいけないものなの」
「ふーん…。分かった。
じゃ、他の奴がいない時は、普通に話せよ?」
「えぇ。バチカルまでよろしくね、ルーク」
「おぅ。んじゃ、行こうぜ」
ルークが足を進め、私はそれを慌てて追った。
「ねぇ、ルークは私の隣か、少し後ろを歩いて貰って良いかしら」
「あぁ?何で」
「魔物が出た時に、私がルークを守るためよ」
その時、草むらが大きく揺れた。
姿を現したのは、サイノッサス。
こちらを警戒しているようで、頻りに前足で地面を掻いている。
「ルーク、下がって!」
「え、あ、あぁ…」
ルークはふらふらと、二・三歩後退る。
その動きに、緊張感が切れたのか、サイノッサスが突進してくる。
それを迎え撃つ形で、私はナイフをサイノッサスの眉間に突き出した。
突進の勢いで、ナイフは深々と突き刺さり、サイノッサスは絶命した。
「し…、死んだ、のか?」
「えぇ、急所を一突きにされたのですもの、生きてはいないわ」
「そ、そうか…」
ルークは、少し青ざめているようだった。
「……怖かった?」
「……分かんね。でも、魔物も、戦闘も、初めて見た……」
「そう……」
ルークの手は、微かに震えていた。
「大丈夫よ、ルーク。
貴方は、私が必ず守るから」
ルークは、ハッと顔を上げた。
少し辛そうに歪められた表情。
「て、ティアだけが、戦うのか?」
「そうよ。だって、軍人だもの」
王族を、民間人を守るのは、当然のこと。
「でも、男は、女を守るもんだって聞いたぞ!?」
……誰から聞いたのだろう?
「いい?ルーク。
強い者が弱い者を守る、と言うことは分かるわね?」
「ったりめぇだろ」
「力が弱い男性もいるってことも、分かるわよね?」
「あぁ」
「でも、民間人より弱い軍人はいないの。
いいえ、いちゃいけないのよ。
これは、分かる?」
「……何となく」
ルークは曖昧に頷いた。
「そして、私は軍人で、ルークは民間人でしょう?
だから、私が貴方を守るのよ」
じっ、と考え込んだルークは、ややあってから、こくんと小さく頷いた。
サイノッサスとの戦闘の後、ルークは私の一歩後ろをとぼとぼと歩いていたけれど、
私が川を指し示すと、興味深そうな顔で、水面を覗き込んでいた。
「ルーク、疲れてない?」
人の手の入っていない道を歩いたことがないルークは、息を切らせながら、それでも「大丈夫」と強がってみせた。
道が広くなり、小さな広場のようになっている場所に出た。
「どうやら、出口のようね」
「うわぁっ!!お前ら、漆黒の翼か!?」
ルークを振り返っていた顔を戻すと、男性が一人、尻餅をついていた。
「……漆黒の翼?」
「盗賊団の名前よ。確か、男女三人組だったと思うわ」
ルークが首を傾げたので、そう答え、男性に声をかける。
「私たちは、漆黒の翼ではありません。実は道に迷ってしまって…」
困っているんです、と顔を伏せると、男性はようやく立ち上がった。
「そうなのか?
確かに一人足りないようだし…姉ちゃんは、神託の盾みたいだな。
俺は辻馬車の馭者をやってるんだ。良かったら、乗ってくかい?」
「あ、いえ…」
「馬車…?もう、歩かなくて良いのか?」
ルークが足を痛そうに撫でながら訊く。
ルークは、もう限界みたい…。
「馬車は、首都へは行きますか?」
「おう、行くぜ。乗るんなら、一人12000ガルドだ」
「高い……」
――このペンダントなら、足りるかしら…。
呟きが聞こえたのか、男性はルークを眺めながら言った。
「そうかい?そっちの坊主の服、随分良い仕立てじゃないか。
その金ボタン、二つで足りるだろう」
その余りにも失礼な発言に、私はくらりと目眩を感じたが、ブチッという音に、ルークを見た。
「ほらよ」
「ルーク!良いの!?」
「あぁ?ボタンくらい別に、どーでも良いだろ?」
あー、でも、服が止まんねぇや。
ブツブツと言いながら、ルークはさっさと馬車に乗り込んだ。
ルークに、他意は無いかもしれない。
けれど、ペンダントを手放さずに済んだことに、とてもホッとした。
(ありがとう、ルーク…)
*****あとがき
ティアの対応が柔らかいので、ルークの反発もそんなにない感じで。
次の章から、視点が変わります。
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[mokuji]
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