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  不器用な優しさを


ぱちぱちと、炎が爆ぜる音がする。
魔法でつけられた炎が暖炉の中で赤く踊る。深緑色のカーテンや黒革のソファーを照明がぼんやりと照らし出す。凍えるように寒い廊下とは対照的に、夜の談話室は緩やかな熱気に包まれていた。

「馬鹿馬鹿しい」

リドルの暗い色の瞳が鏡のように暖炉を映す。瞳の中で炎が踊る。舐めるような火の先が、リドルの瞳を焼き尽くしている。

「いくら楽しいからって、あんな薄着で雪の上に寝転ぶだなんて」
「防水呪文はかけていたわよ」
「そういう問題じゃあない」

雪遊びを終えた二人は食事も早々に済ませ、寮の談話室に戻った。休暇に入り大半の生徒は家族とクリスマスを過ごす為に帰省した。それはこのスリザリン寮でも例外ではなく、今この寮にはリドルとライム以外にほんの数名しか残っていない。その数少ない生徒は皆、大広間で食事中なので今この寮は貸切状態だった。

「風邪を引いたら困るのは君だろう」
「だからひかないってば」
「その割に、寒そうだけれど」

暖炉の真っ正面を陣取りクッションの山に埋れたライムを訝しげに見て、リドルはそう返した。寛いだ雰囲気のライムとは対照的に、リドルの眉間には深い皺が刻まれている。

「リドルこそ、ちゃんと温まらないと風邪ひくよ」
「君と一緒にしないでくれ」

座り心地の良さそうな一人掛けのソファーに優雅に腰掛け、長い足を組んだリドルの手元には白いティーカップがある。仄かに立ち上る湯気と共に辺りに漂う紅茶の香りに、ライムは期待を籠めてリドルを見つめた。

「温かそうだね」
「ああ。味も申し分無いよ」
「私の分は──」
「自分で淹れるんだね」
「えー……」

ライムの口から思わず不安そうな声が漏れた。前はリドルからホットミルクをくれたというのに、この差は一体何だろう。目を伏せて紅茶を飲むリドルの姿は絵になる。それがまた何だか憎らしくて、ライムは立ち上がった。

「眠れなくなるよ」
「リドルは飲んでいるじゃない」
「僕は紅茶くらいで眠れなくなったりしないからね」
「何それ」

根拠の無い自信に満ちたリドルの答えにライムは呆れた。

暖炉で暖まったお陰か、ぼんやりとした眠気が込み上げる。時計を見ると、針はそろそろ他の生徒たちが戻って来る時間を指していた。時間が経つのが早いなと思いつつ、ライムはリドルに声をかける。

「……まあいいや。今日はもう寝ることにする」
「もう? 随分と早いね」
「少し疲れたし、もうじき人が戻って来るでしょ」

他の生徒の前ではこんな風に話せない。仕方ないとは言え、やはり少し面倒だとライムは思う。

「そう。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、リドル」

ライムは女子寮への階段へと向かいながら背後のリドルを振り返る。先ほどと変わらずソファーに座り、紅茶を飲むリドルが見えた。

「風邪、ひかないようにね」

最後にそう、釘を刺す事を忘れずに。


****


雪遊びの翌日。リドルは風邪をひかなかった。それは悪い事ではない筈なのに、ライムは何故か自分が少なからずショックを受けている事に気がついた。

「……あーあ、赤くなってる」

赤く腫れた指先が痛痒い。昨日から違和感はあったのだが、今朝になって痛みが増したようだ。
これは所謂霜焼けなのではないかと思い、ライムはひとまず必要の部屋で薬を調合する事にした。

「――――で、薬は出来たけど……」

温まった手は痒みを増し、調合するのも一苦労だった。
ようやく完成した薬を両手に塗ってしばらく経ったのだが、一向に効き目が現れない。何となく痛みが和らいだようにも思えたが、見た目に変化は無かった。

「あれー? おかしいな」

薬の調合は失敗していない筈だ。
攪拌する回数も方向も間違えてはいないし、薬の色の変化も本に書かれている通りだった。確かにこの手で作業をするのは難しくいつものようにすんなりと調合ができたわけではなかったが、失敗したとは思えない。

「まさかすり潰すんじゃなくて切り刻む方が良かった、とか? 」

ライムは不安になり、ぱらぱらとページを捲って──この動作をすると指先が地味に痛い──確認してみたが、特におかしな点は見当たらなかった。完成した薬の様子を観察してみても、記述通りに調合できているように見える。と、なると、この本の手順に不備があるのか、それとも────

「────さっきから、何難しい顔しているんだい? 」
「っ!? 」

突然、気配も無くてひょいと覗き込むようにして声をかけてきたリドルに驚き、ライムは声なき悲鳴を上げた。

「びっ、びっくりした……! 何処から湧いてきたの!? 」
「人を虫みたいに言わないで欲しいな」

驚き過ぎだ、と呆れるリドルを睨み付けて、ライムは少し距離をとった。そんな反応にもお構いなしに、リドルは周囲を観察する。
今日の必要の部屋はライムの希望に合わせていつもと随分違う雰囲気に変化していた。壁には背の高い薬品棚がずらりと並び、無数に並んだガラス瓶には様々な薬剤が揃えられている。ニガヨモギ、アスフォデルの球根、モンクスフード、ニワヤナギ、トリカブトなどなど。一般に手に入りにくいとされる材料も一通り揃っているようだった。

「随分と本格的な部屋にしたものだね」
「まあ、形から入ろうかなって」
「で、何の薬を作ったんだい? 」
「それは……」

言いよどむライム。その視線がさっと一冊の本に走るのを、リドルは見逃さなかった。

「霜焼けの薬? 」

テーブルの上に開いたままの本の記述を見て、リドルは眉間に皺を寄せた。

「まさか、この前の雪遊びで霜焼けにでもなったのかい? 」
「ええ、まあ……そうです」
「君は馬鹿か」
「……こればっかりは反論出来ない」

恥ずかしさと情けなさに目が泳ぐ。
悔しいけど、素手で雪を触り続けたのが悪いのは明白だった。一緒に雪遊びしていたリドルが何とも無いのなら、やはりライムが無理をし過ぎたのだ。リドルが呆れるのも無理は無かった。
しかもリドルにバレない内に治してしまおうとここへ来たのに、結局こうしてばれてしまった。しかもしもやけは治っていない。これなら素直に医務室に行くのだったと後悔するライムの思考を、リドルの声が遮った。

「────この後、何か予定は? 」
「へっ? 」
「暇か、と聞いているんだ」
「特に予定は無いけど……何で? 」

唐突な質問にライムは首を傾げ理由を尋ねた。けれどそれにリドルは答えず、テーブルの上に置きっぱなしの本を引き寄せ該当のページにざっと目を通すと、杖を取り出し鍋の中身を消した。

「あっ!? ちょっと、何する──」
「──材料」
「へっ? 」
「干し棗と蝙蝠の爪を出してすり潰して。あと芋虫は輪切り。厚さは一ミリ」
「えっ、ちょっと、リドル? 」
「調合し直す。早く動いて」

驚いて固まるライムとは対照的に、リドルは手を止めずに準備を進める。杖を振ってテーブルの上を片付け、新しく用意した器具を並べていくその手つきに無駄は無い。

「手、痛むんだろう。なら早急に手当てするべきだ」
「そうだけど……」

何で、と続く言葉がライムの口の中でぐるぐると回る。ただの行為として受け取っていいものか、判断がつかない。だって、相手はリドルだ。

「僕が調合した方が早い」

脇目もふらずに鍋を見ながらそう言うリドルの背をしばらくぽかんと見つめてから、ライムは恐る恐る口を開いた。

「……リドルってさ」
「……何だい」
「わかり難いよね、本当」

声に笑う気配が滲む。呆れたような、嬉しいような、不思議な気持ちだった。リドルはそれをぴしゃりと跳ね除ける。

「減らず口を叩く暇があるなら作業を進める事だね。でないと誤ってトリカブトを鍋に落としてしまうかもしれない」
「それ洒落にならないからね?! 」

慌てて薬棚に向かったライムの背を、忍び笑いが追う。冗談なのか本気なのか、相変わらずわかり難い。
からかわれてばかりで何だか悔しいけれど、こういうやり取りが案外楽しいとも感じていて。

「本当、わかり難いよ」


何だかとても、懐かしかった。


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