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  クリスマス休暇


分厚い雲は所々が斑に薄くなっていて、僅かに太陽が透かし見える。けれどその程度の弱い陽光ではこの寒さの前では何の慰めにもならず、足元から這い上がる冷気が身に染みる。

ほう、と息を吐くと透き通った冬の空気に白の吐息が溶けてゆく。その白く煙る様が可笑しくて、何度も繰り返すと口内の温度が下がったのか白色の靄はやがて消えた。 
 
「隙あり! 」
  
威勢のいい声と共に、何かが砕ける音がした。ライムが振り返り様に投げつけた雪玉が、見事にリドルの顔面にぶつかった。砕けた雪玉がゆっくりと滑り落ちる間、リドルは動きを止め、暫しの間無言で立ち尽くしていた。

「……っぷ」

そんな雪まみれになったリドルの姿が可笑しくて、ライムは堪えきれず吹き出した。
 
「あっはっはっは!! いやー、びっくりした! 見事にストライクだね! 」
「……」 
 
ぼたり、と最後の雪の塊が地面へ落下する。滑り落ちた雪の向こうから、無表情のリドルの顔がライムを見ていた。 
 
「────ライム、君って人は、本当に……」
「ごめんって! だってリドルってば……っふ……! 」
「笑い事じゃないよ、全く……覚悟はできているんだろうね」
 
剣呑な空気を発するリドルにも構わず笑い続けていたライムは次の瞬間、息を飲んだ。 
 
「ひっ!? 」

顔すれすれを、雪玉が掠めた。
杖を構え、狙い澄ました表情でライムを見据えるリドルは真剣で────恐ろしい。

「ストップ、リドル。さすがに杖は反則──」
「──不意打ちが許されるのなら、ルールなんて無いようなものだよね」
「雪遊びなんてくだらないんじゃなかったの? 」
「なら────遊びじゃなければ、いいんだろう? 」

紅唇が美しい弧を描く。杖は滑らかに動き、ライムの視界を雪が覆った。

「さあ、雪合戦を始めようか」

やっぱりリドルはリドルだった。
 
 
****
 

「耳がじんじんする……」

真っ赤になった耳を摩りながら、ライムはそうつぶやいた。雪まみれの顔をローブの袖で雑に拭い、ひとまずぐしゃぐしゃになった髪を整える。

「ああもう、疲れたー」

遊び疲れて雪の上に倒れこみ、ライムはごろりと仰向けになった。背中に触れる雪は冷たいが、ローブにかけた防水呪文のおかげで濡れる事は無い。 
 
「だらしが無いね。もう降参かい? 」
「……リドルの体力を基準にしないでよ。というか何でそんなに元気なの? 」
「魔法がいくら上手くても、体力が持たなければ実戦では役立たない。君はもう少し鍛えた方がいいね」
「少しくらい欠点がある方が可愛げがあるのに……」
「可愛げなんて何の役にも立たないだろう。無駄なものは持たない主義なんだ」
「あー、はいはい! 」
 
吹く風は冷たく、リドルの襟足をすり抜ける。雪の湿気で僅かに艶を増した黒髪が、真白な世界に色を落とす。
 
「降参だよ」
 
両手を挙げて白旗を降ると、リドルはようやく杖を下ろした。

「何だ、つまらない」
「リドルもなんだかんだで楽しんでるよね」
「まあ確かに、君の人間雪だるま姿は結構面白かったよ」
「性格悪……」

冬は深まり、ホグワーツはようやくクリスマス休暇に入った。城に残ったライムとリドルは、休暇に入ってからさらに長い時間を一緒に過ごすようになった。
あの冬のように。

「クリスマス、ねえ……」

首に巻いたマフラーが、溶けた雪を吸って重みを増す。
リドルが身に纏うグリーンとシルバーの色彩が、今はライムの身体も縁取っている。かつては正反対だったはずの色彩が、今は同じで────その代わりとでも言うように関係性はあの時とは違う。
 
距離感、会話のテンポ。言っていい事悪い事、冗談の通じる度合いや軽口の応酬が続く時間も、何もかもが微妙に異なる。
 
まるっきり同じ関係なんて築け無い。もとよりそうするつもりも無い。けれどこうして接しているうちに、無意識に相違点ばかりを見つけてしまうのは止めようが無かった。聡いリドルがいつかそれに気付いてしまうかもしれなくとも。

女々しいのは、私だ。
 
「何を考えているの? 」 
 
影が差し、リドルが身を屈めてライムを見下ろす。暗い色の瞳が、見透かすように見つめてくる。心の底まで覗き込むような目で真っ直ぐと。リドルは良く、そういう目をしている。 
 
「先の事、かな」
 
のぞむ未来を得る為にここに来た。けれどこうして時折過去に縛られる弱さを、ライムはどうしても捨てられない。
 
「将来の夢とか、そういう? 」
「────まあ、そんなところ」 
 
夢と呼べる程素晴らしいものでは無いけれど。 苦い感情を飲み込んで、ライムは寝転んだままリドルを見上げた。
 
「リドルは何を考えているの? 」
「そうだね……君への復讐の方策、かな」
「うわー、冗談にしても笑えないんだけど」
「本気だからね」
「えっ、嘘!? 」
「嘘だよ」
「…………あのねえ」

はぁあ……と、大袈裟に息を吐くと、ライムは見せ付けるように肩を落とした。

「リドルの嘘は心臓に悪い」
「君が真に受けるのが悪い」
「日頃の行いが悪い人にあんな事言われれば、誰だって冷や汗かくわよ」
「悪い? むしろ逆だろう」
「……そこまで開き直ってると、いっそ尊敬するわ」

リドルはライムの横に立ち、覗き込むようにしたまま動かない。白い雪原に落ちる薄墨色のリドルの影が、眩しさを和らげる。

「冷えてきたね」
「うん」
「戻らないのかい? 」
「うん」
「風邪をひくよ」
「ひかないよ」
「説得力が無いね」
「もう少しだけ、このまま」

雪に埋れて、目を閉じて。
冷たい風が頬を撫でる。触れた場所から雪原に溶けてしまいそうだった。

「このままこうしていたいの」

風が吹く。身を切るように、凍てついた風が。

こんな寒空の下で眠るだなんて、馬鹿げている。リドルもそう思っているとわかっていた。それでも今はこうしていたかった。リドルと過ごすこの時間を終わらせたくなかった。呆れていても、ライムを一人残して戻らない、そんなリドルの些細な優しさに甘えていたかった。

まだそれが許されているならば、このまま眠ってしまいたかった。


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