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  歩み寄りの第一歩


「話し相手になる」とは言ったものの、実際にリドルと素の状態で話すとなると色々と問題がある。

まさか周囲に人がいる状況で話すわけにもいかないので、会う場所は必然的に談話室以外になる。空き教室に校庭、人気の無い廊下に図書館の秘密の場所。そしてやっぱり、必要の部屋。

「────本当に便利だよね」

本のページを捲る手を止めてゆっくりと部屋を見回した後で、ライムはそうつぶやいた。

古い本の匂いに包まれた円形の部屋。壁一面をぐるりと囲む本棚は見上げる程に高く、細い螺旋状の回廊が天井付近まで続いている。ドーム型の天井は巨大なガラス張りになっていて、差し込む陽光が床を斑に白く染め上げていた。

「何がだい? 」
「この部屋。使う人の望み通りの部屋になるなんて、正に魔法ね」
「魔女にあるまじき発言だね」
「そう? 」

魔法を見慣れた魔女でもこれには驚くと思うけれど、とライムは言ったが、リドルはそれには同意せず肩を竦めただけだった。
  
「それで、そちらの資料の選別は終わったのかい? 」
「え、うん、大体。……あまり参考になりそうなのは無かったけどね」
 
ライムは目線をテーブルの上に向けた。そこにあるのは堆く積み上げられた本の塔。上手くバランスを保ったままのこの塔にはリドルに教わった呪文がかかっている。どこから本を引き抜いても塔は崩れず、抜いた分だけだるま落としのように数段下がる。
課題のために選んだ文献はどれも興味深いがレポートのテーマとは少しズレているものばかりだった。ひとまず使えそうな部分だけ魔法で羊皮紙の切れ端に写し取ったが、もう少し本棚を漁らないといけないだろう。
  
「そう……それじゃあ――」
 
リドルはおもむろに立ち上がると、壁の本棚へと足を向けた。回廊を登り、幾つかの書架を見比べた後、手を延ばし色褪せた焦げ茶色の背表紙に指を掛ける。

「――まず、『質量と魔術』」

そのまま本棚から本を一冊引き出すと、リドルは背後も見ずにそれを放った。投げられた本は地に落ちることなく滑らかに宙をスライドし、見事ライムの手元に収まった。

「次が『錬金術の表と裏』、『古の魔術大全』」

ライムは慌てて立ち上がるとリドルがほいほいと投げる本を受け取り、机の空いたスペースに積み上げていった。三つ目の本の塔は他のものに比べて低いが一冊一冊は分厚く重い。

「そして最後に、『中世の物理魔術理論』。これだけあればそのレポートを書くには充分だ」

最後の一冊を投げ終えて、リドルはその手を軽く払う。軽く舞った埃が窓から差し込む光を受けてきらきらと輝いた。リドルが振り返り見下ろした先で、ライムは戸惑いつつも礼を述べた。
 
「あの、ありがとう」
「どう致しまして。勉強を手伝うと約束したのは僕だからね。使わない資料は戻しておくといい。後は君なら平気だろう? 」
「うん」
 
リドルが選別した本の目次にざっと目を通しながらライムは頷く。これなら確かに参考になりそうだ。急げば今日中にはレポートを書き上げられるだろう。

再び椅子に座り直して、二人は課題に戻る。会話の絶えた部屋は静かで、羽ペンのカリカリという紙を掻く音と本のページを捲る音だけが小さく響いていた。

「――――ねえ」
「何だい」

時計の短針がひとつ進んだ頃、ライムは小さな声でリドルに話しかけた。顔も上げずに答えたリドルに苦笑しつつ、ライムは話を続けた。

「質問していい? ……勉強以外で」
「質問? そんな余裕があるのかい? 」
「お陰様で目処は立ったし、ずっと課題ばかりしていると飽きてきちゃうもの。息抜きよ、息抜き」
「息抜き、って……」

ちら、とリドルが目線を上げる。にこにこ微笑むライムとは対照的に、リドルはどこか呆れたような表情を浮かべていた。けれどそれにも怯まずライムは食い下がる。リドルが案外押しに弱い事を今までの経験からよく知っていた。これくらいのお願いならば機嫌が悪くない限りは聞いてくれるはずだ。

「……答えられる範囲でなら、どうぞ」

断る方が面倒だと判断したのか、呆れを隠そうともせず、うんざりとした声音でリドルは先を促した。

「えーと、じゃあ、好きな科目ってある? 」
「呪文学、変身術、闇の魔術に対する防衛術、薬草学、魔法薬学……まあ、大抵の教科は好きだよ。どれも奥深くて興味深いものばかりだからね」
「へえー……じゃあ占い学も?」
「ああ」
「何だか意外だわ」
「そう? 」
「ええ。そういう不確実なものはあまり好きじゃなさそう」
「何でも占いに結び付けて考えるのは、僕だって反対さ。占いは当たる事の方が少ない、ほとんどが眉唾物だからね。――――けれど実際、過去を辿れば長い歴史の中には本物の予言を行う預言者も存在する。数は少ないけれどね」
「……予言を、信じているの? 」
「さあね」
 
ほんの一瞬口の端に笑みの切れ端のようなものが浮かんだが、リドルはそれ以上は語らなかった。
 
「マグル学は、取らないの? 」
「……ああ」
「貴方なら、全ての科目を受講しそうなものだけれど」
「……そうかい? 」

O.W.L試験で全科目O・優を取得する、なんていかにもリドルが好みそうな事なのに。全ての科目を受講しても、リドルならばきっと全科目で優秀な結果を残す事が出来るだろう。

「僕はマグルの孤児院で育ったからね。わざわざマグル学を取ってまでマグルの事を学ぶ必要性を感じなかっただけだよ。――それに案外、監督生の仕事は忙しい。今取っている科目だけでも学ぶ量としては充分さ」

リドルは動じない。マグルへの嫌悪など微塵も見せず、尤もらしい理由を並べ立てる。

これが今のライムが踏み込める範囲だ。これ以上この話題を引っ張れば警戒されかねない。そう判断して、ライムは別の質問を投げかけた。

「リドルって、飛行術も得意なの? 」
「まあね。僕に苦手なものがあると思うかい? 」
「……あって欲しいと思う。一つくらい」

じゃなきゃ可愛げがない。リドルに可愛げを求める時点で間違っているのかもしれないけれど。

二人が打ち解けるのに思った程時間はかからなかった。元々気が合うのか、会話を重ねていく内に距離は徐々に縮まり、今ではこうして軽口を叩き合う程の仲だ。以前より一緒にいる時間が増えた事もあってか、本当に驚く程すんなりと話せるようになった。

「――君も大概、いい性格をしているよね」
「何? 急に」
「初めはあんなに大人しかったのに……今ではこんなに遠慮無くずけずけと踏み込んでくるし、本当に猫を被るのが上手いね」
「それはどうも。リドルのお墨付きなんて光栄だわ」
「そして図太い」
「……失礼ね」
 
ライムがむっとした顔を作って抗議すると、リドルはそれを鼻で笑って流した。

「怪我、治ったんだね」

リドルの視線はライムの頬に向けられた。そこに貼られていたガーゼは既に無く、角度を変えると薄っすらと残った傷跡が見えるだけだった。 
 
「ええ」
「随分と時間がかかったんだね。そう深くはなさそうな傷だったのに。────そんなに質の悪い呪いだったのかい? 」
「さあ?どうかしら。何の呪いかまではわからないけど、治ったんだから別に何でもいいわ」
「ふうん」

結局薬が効かない理由はわからなかった。質の悪い呪いかどうかも。けれど時間がかかったものの怪我はこうして治ってきているし、ライムにはこれがそれ程気にするべき事とは思えなかった。

「――――まあ、君が気にしていないのならそれでいい。夕飯までには戻らないといけないから、それまでに急いで課題を終わらせてしまおうか」

ちら、と時計に目を向けるともうあまり時間が無かった。急いで課題を終わらせて、寮に戻って、大広間で夕食を取って――――また周りの視線が痛いのだろうな、と考えてライムは密かにため息を吐いた。

この調子だと、そう遠くない日に嫌がらせが始まりそうだが、元よりそれは覚悟の上だ。
リドルと一緒にいる以上、どうしたって目立つことは避けられない。そして今のライムに”リドルと関わらない”という選択肢は無い。ならば今は自分のしたいようにするだけだ。

「目的を遂げるためには手段を選ばない、ね……」


スリザリンらしく、狡猾に。
どこまで出来るかなんてわからないけれど、今はもうやるしかない。そう決意して、ライムは静かに羽ペンを紙に走らせた。


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